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牛乳は人間の飲み物??

こんにちわ。

『過去で一番元気なあなたを作る』
栄養カウンセラーSayuママです。


今日は、当たり前に飲んでいる牛乳が

・産後の精神を崩壊させた
・人間の体に必要?
・牛乳で骨粗鬆症?
・生育環境を知るとわかる事

こんな内容を実体験を交えながら
お話していきますね♪

では、どうぞ^^

息子は、周りの子とは違っていた


2021年10月6日、
第二子の男の子を産んだ。


1人目の娘の出産を振り返った時、
一番に思い出す、陣痛の恐怖があった。


陣痛が体の許容範囲を超えていたのだろう、
痛過ぎてなん度も前駆陣痛室で
嘔吐を繰り返し、主人に腰を
さすって貰っていた。

産むまで続いた悪阻で体力がだいぶ
落ちていたのもあってか、産み終える頃には
体の全エネルギーを使い果たしていました。


2人目を授かったら必ず
無痛分娩にするぞ!!

そう決めて、2人目は
無事無痛で出産。


無痛といえどかなり痛かったけれど
普通分娩よりは体力を残して
入院の部屋に戻ってこれました。

可愛い息子のはずが私の心は崩れていった


そこから、息子と2人きり病室で
過ごす生活がスタート。


母乳はすぐには出始めず、
母乳を与えつつミルクを足す為に
授乳室に通う日々を送っていました。


《出産当日PM10時》
よし、寝てくれた!
息子が寝た瞬間、かわいい寝顔を横目に
すぐにでも睡眠確保しないと!と、
急いで私もベッドに入る。

が、そこからニ時間半後、、
眠ったか眠らないかわからないままに
またフギャーフギャーとなく声で目が覚める。

もうお腹すいたかぁ。。
睡眠不足と産後の痛みを抱えながら、
流れ作業のように今日ものそのそと授乳室へ。


娘の出産から五年空いたとはいえ、
二人目の出産、
なんとかなると高をくくっていました。

そんな呑気な私の思考を、息子はあっさり
打ち砕いてくれたのです。

産後、一日二日と過ぎ薄々と
気づき始めた事がありました。


それは、夜間にミルクを与えると
他の赤ちゃんはすんなり寝て
病室へ行くにも関わらず、

息子は眠るどころか、
すぐにブリブリブリ、、、とうんちをして
大泣きして覚醒するんです。

《三日目夜0時》
今日もルーティーンのように
授乳室にておむつを替え、ミルクを与える。


お願い、今日こそは眠ってくれーーー!!!
もう睡眠不足で心も体も限界だよー涙


ブリブリ、、、ふぎゃー!!
まただ、、今日もやっぱり寝ない。

助産師さんに何度も相談、
でも、どの方も笑顔で
「なんでですかね、〇〇くんは
他の赤ちゃんとちょっと違いますね。」

「どうしてですかね、〇〇くん寝ないですねぇ。」

え、それだけ???

助産師さんのお仕事がどれだけ大変かを
実際に目の当たりにして、
夜も眠らずに現場に立ち会ってくれてるのも
本当に感謝でしかなかった。


でも、睡眠不足で産後、
体力も気力もぎりぎりの私に
誰か一人でも良いから、


どうして寝てくれないのか、
こうしたらどう?の解決の糸口を
伝えてくれる方が欲しかった。


その夜、私は寝ない息子を連れて
感情を高ぶらせながら今日も病室へ戻る。

部屋へ戻ると、寝ない息子を寝かせるため
抱いて揺らしながら、授乳室でこらえていた
感情が一気にあふれ出し、
声を押し殺しておんおん泣いた。

どうして私の子だけ寝てくれないの??
私のなにがいけないの??

あとで振り返ると、赤ちゃんが寝ない状況は
永遠になんて続かないと思えるのに、

産後のアドレナリン全開の精神状態では
そんな思考は全く停止していた。

精神崩壊寸前で、胸に大きな不安を残し
病院から退院し家に帰宅した。


分かってはいたものの、
退院後も「寝ない息子」は続いた。


主人に夜中の寝かしつけを
頼りたい気持ちはあったが、
仕事を終えて毎日1時2時就寝の主人に
お願いすることはできなかった。


「寝ない息子」は永遠ではなかった、その理由に気付けた日


息子の症状が落ち着いてきたのは、
退院して3週間ほど経った頃。


そのころ、だいぶ母乳が出るようになり
少しづつミルクを与える頻度が減った。


なんで最近眠ってくれるように
なったんだろう??


そのころは毎日が戦いで
理由を考える暇もなく
1日1日があっという間に過ぎていった。


そんな戦いの日々が
少しづつ落ち着いてきた頃、
(この頃ミルクはもう与えていませんでした)


夜の三時間間隔の授乳は未だに辛く、
ミルクだと良く眠ってくれる話を思い出し、
何ヶ月ぶりかに与えてみました。


すると、少し忘れかけていた
あの悪夢が蘇ったんです。


息子は、またブリブリ、、ぎゃーと
泣いて覚醒。


その瞬間、あ、、、そういう事だったのかと
合点が行きました。


そうか、息子はミルクが合わない
体質だったんだ。

その瞬間、赤ちゃんはみんな当たり前に
ミルクが飲めると疑わなかった私が
恥ずかしくなった。

産まれてきた息子は、
与えられた、息子には合わない
飲み物を飲んでは、お腹を下してたんです。

助産師さんも、私が質問した方には
過去に経験がなかったのか
全くそんな情報は知らないという感じでした。

この頃、私自身しっかり栄養の勉強を
していたにも関わらず全く気付けなかった。



乳糖不耐症。

牛乳などに含まれる乳糖(ラクトース)を
分解する消化酵素(ラクターゼ)が
不足しているため、乳糖が消化できず、
下痢、腹痛、お腹の張りなどの症状を
ひきおこす状態のこと。


日本人の約八割
乳糖不耐症と言われてます。


息子は、気付いた頃には既に
離乳食も初めていて
検査をして特定する事はしなかったけれど、


あの頃、すぐに気付けていたら、
ラクトースフリーミルクや
ヤギミルク(乳糖の含有量が半分程)などの
選択肢もあったなぁと感じます。


そもそも昔にさかのぼってみると、
日本人は牛乳を飲んでこなかった民族、
日本人の体の作りが
牛乳を消化しやすい作りではない、


そんな事を考えながら
口に入る物を選ぶ様になった今は、
私自身や家族もあまり牛乳を
積極的には飲まなくなりました。


《寝ない息子事件》で私が学んだ事


後になって調べてみると、
日本の産院で提供されるミルクは
基本的に乳糖を含んでいる物が主流。


そこで初めて、合わない赤ちゃんには
医師に相談の元、乳糖成分を含まない
ノンラクトの粉ミルクが勧められるそう。


あの時、少なくとも私の周りには
乳糖不耐症の赤ちゃんはいなかったけれど、
日本人の8割が当てはまるならば
もう少し知識を提供して下さる方が増える事、


授乳室で調合して下さるミルクの種類が
選択出来る環境になって欲しいと強く思います。


今回のことは、産婦人科という
殺伐とした環境のなかで、
イレギュラーな体質の子の対応が
100%出来るわけではないと
学ばされた出来事でした。


そして私自身にもう少し知識があれば、
病院に他の選択肢がないか
提案する事も出来ました。


生まれてくる子供たちを
守ってあげられる第一人者は
お母さんだけ。


ミルクだけの問題じゃなく
日本の外から入ってくる食べ物、
旬を気にせず手に入る食べ物、
いまはなんでも手に入れられます。


そんな時代だからこそ
子供達に食べさせる物、
過ごす環境、
一つ一つの選択が本当に
大切だなと感じています。


もし、これから出産を控えているお母さんが
幸運にもこの記事を読んで下さっていたら、
少し頭の片隅においておいて
頂けたら幸いです。


冒頭に記載した
他の牛乳にまつわるお話は、
長くなってしまったので、
次回にお話させてください。


今回も長い長い文章にお付きあい
くださり、本当にありがとうございました。


これからもあなたにとって、
明日が少しでも明るくなる健康情報を
お伝えしていきますね^_^


また遊びにきてくれたら嬉しいです♪

P.S


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