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ガソリン人間『カリスト』

わたしは、「お腹が空かない」


私はお腹が空きません。
正確に言えば、「お腹が空く」という
人間としての感覚を、
もう長い間失ってしまったのです。

食欲という感覚がわからず、
“食べたい”という欲求そのものが
消えてしまった。
だから、意識して食べようとしなければ、
何日でも何週間でも食事をしないで
過ごせてしまうのです。
もちろん、
そんな生活をしていれば倒れますし、
過去には栄養失調で何度も倒れたり、
点滴を受けたことがあります。

だから私は、夜の食事時間を
あらかじめ決めて、
「食べる」という行為を習慣として
組み込むようにしました。

私にとって食事は、
まるで車にガソリンを
入れる作業に近い感覚。
燃料を入れなければ動かなくなる。
それだけのことです。

味覚はあります。
おいしいと感じることもあります。
でも、おいしいからまた食べたい、
という感情にはつながらない。
欲求として食事をしているわけではないから

例えるなら、
車に入れるガソリンが
レギュラーかハイオクかの
違いのようなもので、
確かに差はあるけれど、
その違いで心が動くわけではない。
燃料として身体に入ればいい
そんな感覚です。

昔は空腹のあとに食べるご飯の
幸福感を知っていましたが、
その感覚はもう思い出の中にしかありません。

では、なぜ私が
「ガソリン人間」になってしまったのか…
その理由は、私の過去にあります。

幼少期からの地獄の始まり

私の人生は、小学5年生の
終わりから大きく狂い始めました。
その前も狂っていましたが、
大きく狂い出したのはこの頃でした。

両親が離婚し、私は妹と共に母に
ついていくことを選びました。
しかし、母の姉(私にとっての叔母)が
強く母に執着していて、
離婚後は叔母の主導で
福岡に移り住むことになります。
この引っ越しが、私の地獄の始まりでした。
母は気弱で、強気な姉に逆らえません。
着物など、お金になりそうな
私物は勝手に売られ、
生活の全てを支配される日々。
しかも叔母には息子がいて、
5人で暮らすその家は
常に緊張感で満ちていました。

そして、ある日。
母が突然、蒸発しました。
連絡もなく、戻らなかった母。
残された私に、
叔母の怒りは容赦なく降り注ぎます。
私への暴力、食事を与えない仕打ち。
妹は叔母に気に入られていたため、
その対象になることはありませんでした。
やがて妹も生存本能からか、
私をいじめる側に回りました。

学校に行くことだけが救いでした。
給食の時間は唯一の楽しみ。
空腹を満たせる大切な時間でした。
しかし、帰ればまた暴力と罵声が待っている。
便秘、血便、めまい、立ちくらみ
心も体も壊れていくのを、
小学生の私は感じていました。

失われたチャンス


そんなある日、1年近く蒸発してた母が
学校の帰り道に突然現れました。
「3人で暮らそう、逃げよう」
そう言われ、私は混乱しました。
長く帰ってこなかった母に、
どう反応していいか分からなかったのです。
妹は即座に叔母の家へ走り去り、
それを見た母も動揺して逃げてしまいました。

私は立ち尽くし、気づきました。
地獄から抜け出すチャンスを
逃してしまった、と。

その後、母が改めて私を迎えに来て、
妹も遅れて合流。
新しい生活が始まりましたが、
母への心の扉はもう閉ざされたままでした。
そして、この頃から
母が私に言うようになった言葉
「長男だからしっかりしてね」でした。
何千回言われたか…
呪いのような言葉でした。
ずっと、お前からは言われたくない!
と、心の内に抑えて言いませんでしたが。
私の全てはボロボロになっていました。

中学時代のさらなる地獄

中学生になると、
別の地獄も待っていました。
兵庫から来た関西弁が抜けない私は、
不良たちの格好のターゲットに。

私が通った中学は、
過去最悪と言われるほど荒れていて、
教師すら不良を恐れて注意しない環境でした。
暴力、骨折、怪我
それでも学校に通いました。
家には心許せない母と妹がいる。
だから学校に行くしかなかった。
でもそこも安全ではない。
折れた足を引きずり、病院にも行けず、
卒業時には骨が摩耗して溶け、
大手術を受けることになりました。
何十年経った今でも、
その後遺症は私を苦しめています。

そして、繰り返される暴力やストレスが、
私の内臓を確実に壊していきました。

この頃から、
私は食欲を失い始めていたのです。

大人を信じられないまま
中学卒業後、
かつての担任と偶然再会し、
謝罪の言葉を受けました。
けれど私の心には、「何を今さら」
という感情しか残っていませんでした。
小学生の頃からの経験で、
大人を信じるという感覚は
私の中から完全に消えていました。

そもそも、息子の手足の骨折にも
気付かない母親と一緒に居たら
精神もおかしくなります。

そして、そんな人間が中学を卒業し
働く為に社会に出る事を選びましたが。
中学までの経験が、
なんの苦労でも無いと思える様な
地獄の日々が待っていました…


それでも、今、私は生きています。
何度も死を考え、
行動に移そうとしたこともあります。
それでも今は
「強く生きていこう」
「この命を全うしよう」
と思えるようになりました。

ガソリン人間として生きる
私にとって食事は「燃料補給」。

食の喜びはほとんどないけれど、
食べなければ生きられない。
だから私は、車にガソリンを入れるように
食べ物を体内に入れる。
生き抜くために。

幸せになる努力はしていますが、
結果としてそうなれるかは別の話です。
それでも、
この人生で良かったと思えるのは、
人の痛みが分かるようになったから。
深く考えられるようになったから。

学歴はありません。
でも今こうして文章を書き、
発信することで必死に学び続けています。
生きているからこそできることがある。
生きているから、
未来を変えるチャンスがある。

苦しんでいるあなたへ

もし今、あなたが苦しんでいるのなら
どうか、もう少しだけ生きてみてください。
状況が変わることなんてないと思っていても、
生きてさえいれば、
何かが変わる瞬間は訪れます。
私はそれを、
自分の人生で何度も経験しました。

そして、再生を経験した人は
不思議な優しさを持っています。
私はそんな人たちが大好きです。
共に生き抜こうと思えるから。

どうか、あなたも生き抜いてください。

最後まで読んでくれて、ありがとう。

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