『Citi』のiと『運命』のV。テクノロジーの制約が刻む言葉と美(前半)
夏祭りの季節だ。
テレビをつければ、あちらでもこちらでもハッピを着た人が踊っている。ハッピを着て happy。夏の風物詩と言ってもいい英語の Dad joke である。
しかし、今年はもう一段上を目指したい。
ハッピを着て happy な人が集まれば、happier !? happy が増えれば、町全体が happier に。夏祭りとは、比較級の実演!?…という話を今日は書きたいわけではなかった。マジで。
気になっているのは、むしろ happier の綴りである。なぜ happy に -er をつけると、happyer ではなく happier になるのか。
「happy は、最後の y を i に変えて happier」
学校の英語で耳にタコができるほど叩き込まれたルールである。いわゆる耳タコである。昔、学会で、octopus in the earと冗談を言ったら急に注目された。その話は今はいい。だが、よく考えると妙だ。そのまま happyer と書いても、発音上も意味上も問題ない。
では、わざわざ y を i に取り替えるのは、なぜなのか。
キラーン。
いつしか、いつのまにか、y の謎にたどり着く。実はこの「y を i に変えて」という謎現象には、16世紀の印刷工場で活字と格闘した職人の、実に切実な裏事情がある。
中英語の時代、いくつかの単語は citi や happi、あるいは ladie と綴られた。つまり、もともとは語末も i や ie と綴っていた。これが16世紀に入るやいなや、急速に y へと置き換わっていく。
きっかけは印刷技術の普及だった。当時の活字(ブラックレターなど)は縦棒が多く、i や m、n、u が連続すると読みにくかった。そこで印刷職人たちは、脚の長い y を語末に置くことで「ここで単語が終わる」という目印にした。y の語尾天下の始まりである。
だが、後ろに接尾辞(-ness や -er)がついて単語が後ろに伸びる場合は、そこが「単語の終わり」ではない。なので、職人はわざわざ語尾を y に変えなかった。結果として、語中には昔ながらの i がそのまま取り残されることになった(happiness, happier)。
私たちが現在目にする謎のルールには、実は「語尾だけが新しく変化し、語中は古い姿を維持した」という歴史の物語が隠されていた。ところが19世紀末、この「y の語尾天下」に逆転現象をもたらす新技術が現れる。
国際電報(モールス信号)
だ。たとえば、「City Bank of New York」という名称の銀行。その銀行は、国際電報を使って、海外に連絡を取っていた。しかし、電信ケーブルを通じる国際電報では、文字数や伝送エラーの問題が起きた。その問題を減らすため、技師は略称コードを使った。
詳しく書くと、手動でキーを叩く電信技師にとって、モールス信号の Y(-・--)は長くて複雑であり、伝送中のノイズで誤送されやすかった。一方、I(・・)は短点2つという極めて短いシグナルで済み、打鍵速度も圧倒的に速かったという。
16世紀の印刷職人が「見やすさ」のために語尾を y に変えたのに対し、19世紀の電信技師は「打ちやすさと正確さ」のために語尾を昔の i へと変えた。テクノロジーの制約が、企業ブランドの綴りを彫んだ。大手金融機関「Citibank」は、こうして新技術の電信により、現在の綴りとなったと聞く。
(続く)
