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【詩】待機所

タクシー会社の
くたびれた車庫の入口に
古びた看板が置かれている
錆びた足を踏みしめて
ひっそり命をつないでいる

「平和タクシーのりば ボンベルタ待機所」

ボンベルタは 
すこし離れた中心街で
五年前 長い歴史に
終わりを告げた百貨店
界隈がもっと もっと賑やかで
タクシーが贅沢だった頃
目立つ緑の文字の背に 虚栄が
健気な背伸びでならんでいた

おろし立てのよそ行き姿
両手に抱えた大きな袋
腰を揺らす流行りのリズム
しあわせ色の風船たち

あの日
空は高かった
世界はずっと大きくて
道は遥かに遠かった
地図もなく 疑いもなく
ただ引いてくれる手のひらを
握り返しているだけだった

洒落たスーツを着こなした
眼鏡の上の山高帽
陽射しの視線に傾いて
都度うなずく絹の傘

アーチを飛び交う小鳥の声は
今よりもっと晴れやかで
濁りなく弾んでいた
花の呼び名を問うこともなく
蜜をめぐる蝶々の色を
ただ追いかけるだけだった

看板は色あせることなく
朽ちかけた廃墟に埋もれて
過ぎ行く喧噪を見まもっている
傍らに人が立つことはないけれど
顔のない過客がならぶたび
小さな平和を頭に乗せた
ドライバーのいないタクシーが
順序よく連れ去っていく

この場所に先を急ぐものはない
忘却が佇んでいるだけだ
身じろぎせず待っているのは
自我を知らない沈黙だ
平和は、人のいない場所にある

©2026  Hiroshi Kasumi

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加澄ひろし|走る詩人 お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。