その後の津軽線〜つがる、そうじゃない
先月に続いて、北の半島に浸透する。
今回訪れたのは、JR津軽線。
2022年に中小国信号場以北が大雨で被災。復旧には多額の費用がかかる上にもとより極めて閑散区間であったため、復旧工事には着手せず2027年に正式に廃止になる予定の区間である。
2009年に乗り鉄で訪れたり、以後も何度か撮影に来た津軽線。運休後その後どう変化しているのか気になってやってきた。
尚、複数の方がYouTubeなどで詳しくレポートされている事もあり、資料的なものを求める方にはそれらを参照していただきたい。
こちらは簡潔に、叙情的なものを中心に取り上げたい。
大平駅

南から順に辿る。
実はこの手前、蟹田駅の次に「中小国駅」があるのだが、旅客営業は休止中でも北海道と行き来する貨物の運行はあるので、安全面からも訪問は端折った。
中小国の北に「中小国信号場」があり、そこから休止中の「津軽線」と、青函トンネルに向かう海峡線(≒北海道新幹線)に分かれる。
ちょうど別れた先の「津軽線」側が大雨で被災した形となる。

(遮音板しか見えてない)

駅名標はこのように津軽半島をイメージしたイラストで飾られている。
駅名両サイドにステッカーで貼られている部分は後から追加されたものか?
GVのイラストもあることから、2021年以降に追加された可能性が。
その後、一年半くらいで被災してしまったのは非常に残念である。

左側には車庫が建っており、保線車両を格納していたと思われる
ホーム北側のポイントの先のレールが既に無くなっている。
おそらくこのあたりの路盤が水害で流失したのであろう。
既に草木に覆われ、正式な廃止日を前に既に野に還りつつある。
大川平駅
似た駅名となるが、先述の大平駅から2つ先の駅となる。
その間には津軽二股駅が存在するのだが、今回は端折る。


田園地帯と集落の間に線路と駅がある大川平。
このあたりの地域は「荒馬(あらま)」という無形文化財があり、今月上旬に祭りが行われた模様。集落の中にはまだ登り旗が残っていた。


このイラストは岩手の駅でも見るような…

津軽は空が広いイメージ
今別駅
この駅名も近くに似た駅名があってややこしい。
「奥津軽いまべつ駅」は「道の駅いまべつ」と同じエリアにある北海道新幹線の駅。
「海峡線」と称していた在来線時代は「津軽今別駅」という名前で、同じ場所にある津軽線の駅は「津軽二股駅」と自分でも読んでいて混乱する。
その津軽二股駅から北に2つ先、大川平の次にあるのが「今別駅」。
近くの公園に車を駐め、以前訪問時に跨線橋から俯瞰した景色を見て愕然とした。


「原野」はこの景色だった…はず。
場所間違えたかな?と数度確認し、橋の銘板には跨線橋と書かれており、この下は線路で間違いない。変わりように愕然とする。



駅に下りてみる。
待合室はまだ新しく、中には近代的なトイレもあり、完成後程なくして運休の憂き目に遭った事が伺える。
駅をうろうろ観察していると、私と同じように津軽線の今を見にきた方が。
大川平の駅ノートもそうだが、夏休みシーズンという事もあり訪問者は少なくないようだ。

他の駅もそうだが、代行バスの待合室として今も機能しているので綺麗である。

どんどん緑に浸食されている
津軽浜名駅



次は終点一つ手前の津軽浜名駅。
近くには令和4年に廃校となった今別高校(県立青森北高校今別校舎)がある。
かつてはこの駅周辺で生徒達の青春が繰り広げられたのだろうと、青空の下で妄想する。



というのも、待合室の中に、上3枚の写真のように写真と寄せ書き?が掲示されている。
廃校と(間もなく)廃線・廃駅の醸す名残惜しさを掻き立てられ、この地には縁もゆかりもない自分までしんみりとしてしまう。



空のむこうが、終点三厩駅
三厩駅

最果ての終点駅

冬季はここにストーブが置かれていたと思う

プラケースの中は駅ノート




この津軽線は、新海誠の映画「雲のむこう、約束の場所」の舞台のモデルとなった場所である。
作中では、この三厩駅の先から、青函トンネルとなっていた(と思われる)設定である。
北⚪︎道に当たる場所がかの半島の38度線のごとく「分断」されており、時折交戦状態になる…といった世界線の物語である。
登場人物が、船で函⚪︎に当たる(と思われる)に「浸透」するという、まさにかの半島のような場面もある。
リアルでも択捉島にどこぞの大統領が訪問するなど穏やかでない情勢。
あの侵攻が4島に留まらず、「北日本」が違う意味を持つという世界線も、81年前の事の成り行き次第ではあり得たのだろうと。
それとは関係ないが、このあたりでFMラジオをSEEKするとやたらハングルが聞こえるのだが、これは一体どういう事だろう?
RABか函館のラジオを聴きたかったのだが…事情がわかる方が居られればそっと教えてください。あの辺りに半島系のコミュニティ局が多数あるとか??

閑話休題。
駅前から北に竜飛岬方面に向かう「あじさいロード」が伸びる。
駅の周りにも紫陽花が多数おがっていた。

もうどんどん野に還りつつある

その後、青森-蟹田間の701系同様、非電化区間も秋田の車両となる

運行当時に乗車・訪問した事があったために、当時と比較してよりしんみりしてしまう。
現実的に考えてこのようなローカル線の維持・復旧というのは難しいのはわかってはいるが…どうにも寂しいとか勿体無いという感情は抑えられない。
他にも米坂線など同じような状況になっている路線はあるし、とりあえず運行や被災からの復旧は続いているものの、今後大きく被災すれば津軽線と同じような運命を辿りそうな路線は多数ある。
そのような路線が今後増えない事を願うばかりである。
そのほかの写真

いつかあの内容の通り津軽を旅したい、というのが夢



(通過後です)
荒涼とした原野と田園地帯の中を走る


多分今別-津軽浜名間
さらにおまけ「津軽鉄道」
津軽線とはつがる「津軽鉄道」
五所川原から中泊町の津軽中里までを走る民鉄である
良くも悪くも設備更新がゆっくりなので、JRでは味わえないノスタルジー溢れる鉄道である
※「つがる」=「違う」が訛ったもの
「違う、そうじゃない」を津軽弁で歌うと
「♪つがる、つがる、んでね」となる(のか?)




あとがき
今回取り上げた津軽線はJRだが、青森は民鉄が多い。
津軽鉄道のほか、弘前の弘南鉄道とか。
…残念ながら、大鰐線はこの先廃止が決まってしまったが。
三沢-十和田市には近年まで十和田観光電鉄が。
JR大湊線から下北駅で大畑までの「大畑線」は3セクではなく下北交通が運行していたり。
他にも二つの半島に張りめぐされていた森林鉄道(軌道)など、既に廃止になっているものが多いが、鉄分多めの県ではなかろうか?
とりわけ、津軽鉄道には被写体として非常に魅力を感じており、私が写真趣味にハマる過程において大きなポジションを占めているのである。
今後も折々に撮り歩きたいし、何より乗りに行きたい。
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