「母乳信仰に苦しみ、追い詰められて心中も考えた」そんな母親の訴えに専門医が答えたABEMAPrimeを見て
出産ジャーナリストの河合蘭です。
「話題になっている」と聞いて、日本母乳哺育学会理事長の水野克己先生が出演したABEMA Primeを見ました。母乳がいいという考えに追い詰められ、心中までを考えた「リリーさん」の訴えから始まった、2025年10月12日の放送(記事)です。
番組は「なぜ、世間の母乳信仰は強いのか?」というテーマを掲げていました。とてもよく出来ていて、学ぶところがあったので書き留めておきたいと思います。
リリーさんをしっかりほめて、自信を与えようとした水野医師
まずは、リリーさんの語り。
リリーさんは、ほとんど母乳が出なかったのに「ミルクでいいや」と思えなかった理由として、ネットに「母乳で育てたほうがいい」と書かれていることが圧力になり、「自分のせいで病気がちな子になったら申し訳ない」という気持ちがつのってつらくなったと言います。
そして番組は、このように母乳がすぐに出ないという経験をする母親は、4割程度いるというデータを紹介しました。
そこで、水野先生は開口一番「まず母乳は。最初はあまり出ません。生まれたばかりの赤ちゃんの胃はとても小さいから初乳の量は1日で10cc~20cc(スプーン一杯程度!)くらいのものです」と説明し、そしてリリーさんのがんばりをしっかりとほめ、自分を責める気持ちをきれいに洗い流してしまいました。
「リリーさんは、母乳をあげたいと思って、少しでもあげられたんだから、私はいいと思いますよ。『私はちゃんと母乳をあげたんだ』と自信をもっていただきたいと思います」
「日本人のお母さんは、多くの方が母乳をあげたいと思っているんです。だけど、それがうまくできないのは、できないようになっている社会に問題がある」
「悪いのはお母さんじゃない!」というメッセージをたたみかける水野先生の対応はとても素晴らしいものでした。
動物園のオランウータンのたとえ
そして、次の言葉は本当に教えられました。
「ボルネオ島にいるオランウータンは、みんな母乳で子どもを育てます。でも、動物園に連れてこられたオランウータンは、母乳はおろか抱っこもできないお母さんが出てきます。
それは今の日本もそういう環境ですよね。みんな孤立して、「赤ちゃんを抱っこするのはわが子が初めて」という方がたくさんいます。そのような世の中で、『母乳は普通でしょう』とは言えないと思うんです。哺乳類としては普通だけれど、そう言えない時代になっています」
どんどんおしゃれになっているお母さんたちを、さらりと、動物園のオランウータンに例えてしまえる水野先生はすごい!
すごいですし、私は自分自身が「人間でも、哺乳類として育児をした方がいい!何とか、そうやりたい!」と思って育児をしていたので、こんな潔いことはなかなか言えません。
でも、悲しいかな、こういう現実があるということは事実だと思いますし、現代の育児支援においてとても大切な認識だと思いました。
それでも知っておきたい、母乳のメリット
その一方で、水野先生は、母乳のメリットも最高にわかりやすく語ります。
「母乳は、飲み始めと飲み終わりの成分が変わっていきます。男の子と女の子とでも違います」
「家族が風邪をひいたときは、すぐに、母乳の中の白血球(病原体を食べる細胞)が増えますし、お母さんが作った抗体が入ります。お母さんの身体に入ってきた、その病原体に対する免疫が、母乳を通じて子どもにあげられるのです」
「人工乳はいつでも同じで、成分が変わるとはありません。でも母乳は、その時に必要なものをあげられる。そういうところが素晴らしい」
そして、これに続く発言が、また大変に水野先生らしいと思いました。
「そういうことを、私たちは学問としてやっていき、『医学』としては厳しく追及します。でも、それをお母さんにどう伝えるかと言うと、変わってきます。『医療』としては、温かく、お母さんたちに接したい」
「母乳がいい」はお母さん本人の願い
・・・というように、私は水野先生のコメントに感心しながら見たのですが、実のところ、この番組は人によってさまざまに受け取られたようです。
皆さんはどうお感じになったでしょうか。
「母乳がいいというのはやめろ」と思った方も多かったようです。確かに、さまざまな事情をかかえた、人それぞれの子育てについて、あれこれ言うのは慎みたいもの。
ただ、私は、多くの場合、母乳が出ない人が苦しむのは、『お母さんご自身』が母乳をあげたいからだ、他人が責めているのではない、と思っています。
赤ちゃんが生まれたら、自然に「母乳をあげたい」と思う女性はたくさんいます。もし、そう思う人がいなければ、粉ミルクも、抗生物質もなかった長い長い時代のどこかで、人類は絶えているのではないでしょうか。
番組の構成は、リリーさんは、ネットに母乳がいいと書いてあるから追い詰められたという設定になっていました。でも、ネットには、「ミルクでも問題なし」「母乳よりミルク」というお母さんの声もたくさんあります。自分がもともと母乳をあげたくない人には、Googleがちゃんとミルク寄りの発言をたくさん見せてくれるから、安心してミルクをあげられるはず。
「母乳をあげられない社会」とは?
では、ボルネオ島のオランウータンのような、母乳をあげられる環境とはどんな環境でしょうか?
自然の中に山小屋を建てて、玄米や自然食だけを食べて暮らすような環境?いいえ、そんなことはしなくても、よくわかっている、とても大きなファクターがあります。
それは、赤ちゃんが生まれてまもない時期—まだ入院している時期に、早くから、頻繁に授乳できるということです。そして、それを助ける技術をもった助産師が、常駐していることです。
もちろんミルクが必要な時もあるので、その時は専門家と相談しながら必要量を足します。そうすれば、母乳が足りないお母さんも、もっと安心してミルクが足せるのです。
これができる環境は、日本ではまだ一部の病産院にしかありません。ですから私は、「環境」「社会」とは、もっとはっきり言うと、出産施設のことだと考えています。
ここに光を当てることなく、母乳をあげたい母親の苦しみを、いつまでも宗教の被害のように扱っていると、リリーさんのような方の苦しみは永遠に繰り返されるでしょう。
