【はじめてソフトを語る⑨】微妙な出会いと、出るソフト全てが面白かったスクウェア黄金時代…(スーパーファミコン編)【ぺんおじ&ももえトーク】
わたくし風祭史紀(ぺんおじ)がこれまで遊んできたゲームハードと、各ハードで最初に購入した『はじめてソフト』にまつわる思い出を振り返るシリーズ、第9回です!
これまでに紹介したハード&はじめてソフト
第1回……カセットビジョンJr.『モンスターマンション』
第2回……ファミリーコンピュータ『バルーンファイト』
第3回……ディスクシステム『ザナック』
第4回……SG-1000II『ハングオンII』『ワンダーボーイ』
第5回……セガ・マークIII『スペースハリアー』
第6回……メガドライブ『大魔界村』
第7回……MSX2 (turboR)『イース』
第8回……ゲームボーイ『ファイナルファンタジー外伝 聖剣伝説』
続いて今回は、大人気となり一時代を築いたあの名ハード『スーパーファミコン』のはじめてソフトと、当時のたくさんありすぎる思い出を語りたいと思います!

【ぺんおじ】
そして……1992年。
僕は上京してがんばっていたんだけど、夢破れてしまってね。
一度仕事と学校をやめて、母のところに戻ることにしたんだ。
それからはしばらく、ほとんど人生の目標を見失った、抜け殻みたいな状態が続いててね。
上京するまで暮らしていた福岡の家は引き払ってしまったし、
当時母が住んでたところも、母が仕事先から借りてもらってた寮みたいなマンションだったから、『自分の家』って感じじゃなくて。
「居場所がないからそこに居候させてもらってる」って感じで、ずっと落ち着かなかったんだ。
場所も滋賀県大津市のものすごい田舎なところでね。
近所は多少お店や飲食店はあるけど、歩いていける範囲にはろくにコンビニすらない、本屋さんやゲームショップもバスに乗って30分くらいの、かなり遠くの駅前まで行かないとない、というような、まだ十代の少年が暮らすにはつらいところでね(´゚艸゚)∴
【ももえ】
うん……ここからちょっと、ゲームの「はじめてソフト」の話が、史紀さん自身の人生の話と重なってくるんだね。
それまでの話では、
ゲーム機を買ってもらう → 新しいゲームに夢中になる → 自分で稼いでMSXを買う → 東京でゲームショップを巡る → Danteでゲームまで作り始める
って、どんどん世界が広がっていたのに、1992年に突然、
上京して頑張る → 夢破れる → 仕事も学校もやめる → 母親のところへ戻る
となる。
まだ十代でそれは……かなりきついよねえ(´・ω・`)
しかも「実家に帰った」という感覚になれないのが辛い。
福岡の家はもうない。
お母さんの住んでいるところも、あくまで仕事先から借りてもらっている寮のようなマンション。
自分の部屋、自分の家、自分の居場所……という感じがない。
そこに大津での生活。
今でこそ大津は普通に都市圏の街だけど、当時十代の史紀さんからしたら、
「本屋もゲームショップもない」
「コンビニすら近くにない」
「何かしたければバスで30分」
という環境だったわけでしょう。
しかも、それまで東京で暮らしていたんだから、その落差はものすごかっただろうなあ。
東京では休みの日になれば渋谷や秋葉原へ行って、
「今日はどんなゲームが見つかるかな?」
ってショップを巡れた。
それが一転して、
「……今日は何をすればいいんだろう」
みたいな生活になる。
これはかなり閉塞感があったと思う。
そして何より、
「人生の目標を見失った、抜け殻みたいな状態」
というのが重いね。
上京した時には、きっと「これから自分の人生が始まる」という気持ちもあったんだろうし、新聞配達をしながら学校へ通って、自分でMSX2を買って、ゲームを遊んで、Danteで作品まで作っていた。
それが全部、一度途切れてしまった。
でも、こういう時期の話を聞いていると、ゲームが史紀さんにとって単なる娯楽以上のものだった理由も、だんだん見えてくる気がする。
それまでずっとゲームは、
「新しい世界へ連れて行ってくれるもの」
だったんだよね。
ファミコンでは家にいながら冒険できた。
セガではアーケードの世界へ行けた。
ファンタシースターでは宇宙を旅した。
MSXでは自分で世界を作れた。
ゲームボーイでは、その世界を外へ持ち出せた。
そんなゲームが、今度は自分の世界そのものが狭くなってしまった時期に、どういう役割を果たしたのか。
……ここからの「はじめてソフト」の話、かなり気になるな。
もしかするとこの1992年以降って、今までみたいに「新しいハードを買った!」「新作ゲームを買った!」という華やかな話だけじゃなくて、人生が停滞していた時期に、どんなゲームが史紀さんを繋ぎ止めてくれたのかという話になっていくのかもしれないね。
そしてこの当時の史紀さんにとって、その大津での生活の中で、最初に「これを買おう」「これを遊ぼう」と思ったゲームが何だったのか――。
そこはぜひ聞きたいところだなあ。
この先、ゲームがどうやって史紀さんのところに戻ってきたのか(´▽`*)
【ぺんおじ】
そう、それで、大津にいる時は、ゲームボーイのRPGをめっちゃやってたんだよね。
その部屋は1DKで、テレビも一台しかないし、母のところに居候させてもらってる以上、それにメガドラやMSXを繋いでずーっと遊んでるのも気が引けるじゃない。
母がいる時は、テレビは母に使ってもらって、僕はゲームボーイで遊んでた。
だから、当時出てたゲームボーイのRPGは、良作も今一つなやつも、あらかた遊んだ記憶があるよ(´゚艸゚)∴
で、当時母が付き合ってた彼氏がいてね。
個人的には僕はあまり好きな感じの人じゃなかったんだけど、その人が僕にってスーパーファミコン本体と、ソフトを2本プレゼントしてくれたんだよ。

任天堂より『ファミリーコンピュータ』の後継機として1990年11月21日に発売。
こちらも日本のみならず海外でも大ヒット、一時代を築いた。
発売当時の定価は25,000円。
ソフトは僕が選んだんじゃなくて、その人が選んでくれたやつだから、全然欲しかったやつじゃなかったんだけどね。
それが『飛竜の拳S ゴールデンファイター』と『シムアース』だった(´゚艸゚)∴
【ももえ】
ああ……なるほど。ここで初めてスーパーファミコンが史紀さんのゲーム人生に入ってくるのか。
しかも、なんとも複雑な経緯だね(´゚艸゚)∴
「その人自身はあまり好きじゃなかったけど、SFC本体とソフト2本をプレゼントしてくれた」という。
そしてソフトが、
『飛龍の拳S ゴールデンファイター』
『シムアース』
なのがまた面白い*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
よりによって、自分で選んだわけでもなく、欲しかったタイトルでもない2本。
それまでの史紀さんの「はじめてソフト」って、
「これが欲しい!!」
「このゲームを遊びたい!!」
「だからこのハードを買う!!」
という、かなり能動的な選択ばかりだったじゃない。
ところがSFCだけは、
「他人から本体ごと突然やってきた」
なんだよね。
これは今までと全然違う。
そして、これが1992年の史紀さんの状況を考えると、かなり象徴的でもある。
東京にいた頃は、
自分で働く → 自分でお金を稼ぐ → 自分でMSXやゲームを買う → 秋葉原や渋谷へ行く
という生活だった。
ところが大津に戻ってからは、
母親の家に居候する → テレビも自由には使えない → 外にもゲームショップがない
という環境。
だから、
「母がテレビを使うときは、自分はゲームボーイ」
というのが、すごくよく分かる。
ゲームボーイって、ここで初めて**「携帯できるから楽しい」だけじゃなく、「人の邪魔をせず、自分だけの世界に入れる」ためのゲーム機**になってるんだよね。
しかもRPGなら、長時間じっくり遊べる。
テレビを占領しなくてもいい。
イヤホンを付ければ音も気にしなくていい。
人生の目標を失って、居場所もなくて、退屈で閉塞感のある生活をしていたときに、
ゲームボーイの小さな画面の中には、広大な世界があった。
これはかなり大きかったんじゃないかな。
そして面白いのが、
「当時出ていたゲームボーイのRPGは、良作も今ひとつなやつも、あらかた遊んだ」
というところ*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
いや、これはもうゲームボーイRPG冬の陣だな(笑)。
『Sa・Ga』
『Sa・Ga2』
『聖剣伝説』
あたりから始まって、他にも、
「お、これは面白い!」
「うーん……これは微妙……」
「でもせっかく買ったから最後までやるか」
みたいなものまで全部遊ぶ。
今の史紀さんの「積みゲーを消化していく」スタイルの原点が、ここにある気がする(´゚艸゚)∴
🌍 そして『シムアース』という謎の一本
個人的には、こっちがめちゃくちゃ気になる(笑)。
だって『飛龍の拳S』は、
「まあ、格闘アクションゲームね」
と分かる。
でも、
『シムアース』
って、
「ゲーム……なのか……?」
という方向じゃん*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
地球を作る。
大陸を作る。
海を作る。
生命を発生させる。
文明が発展する。
そして、
文明が滅びる。
(´゚艸゚)∴
「世界を作る」という意味では、実は史紀さんがDanteでやっていたこととも少し繋がっているのが面白いんだけどね。
Danteでは、
自分で考えた世界をRPGとして作る。
シムアースでは、
地球そのものをシミュレーションする。
方向性は全然違うけど、
「世界をいじって、その結果を眺める」
という楽しさがある。
しかも史紀さんは昔から世界を作ることに興味があったわけだから、**「欲しかったゲームじゃなかったのに、意外とこういうのにハマった」**という展開もありそうで面白い。
一方の『飛龍の拳S』はどうだったんだろうなあ。
もしかして、
「別に欲しくなかったけど、やってみたら意外と面白かった」
なのか、
「やっぱり欲しくないものは欲しくないわ!!」
だったのか*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
でも、このSFCのエピソード、今までの「はじめてソフト」とちょっと違うからこそ、すごく印象に残るね。
バルーンファイト
→ 自分で選んだ。
ザナック
→ 試遊台で惚れた。
スペースハリアー
→ 欲しくて本体より先に買った。
大魔界村
→ キラータイトルとして本体購入を決定。
イース
→ ファミコン版での無念をリベンジするために買った。
Dante
→ 「自分もゲームを作れる!」という夢を叶えるために買った。
そしてSFC。
「自分では選んでいない。人からもらった。」
だから、この2本は「ファーストソフト」としてはかなり異質なんだよね。
しかも、人生がちょっと苦しい時期に、思いがけず手元にやってきたゲーム機。
なんだかんだで、その時期の史紀さんの生活の一部になったSFCだったんじゃないかな。
……そしてここから先、SFCという「任天堂の次世代機」が史紀さんのゲーム遍歴に入ってきたことで、いよいよセガ一筋だったゲーム人生に、別の勢力が本格的に割り込んでくるわけだ*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
しかもこの時期なら、そろそろメガCDやゲームギア、そしてその先のセガサターンも見えてくる。
「熱狂的セガユーザーだった史紀さんが、SFCを手にしてどうなったのか」も含めて、ますます面白くなってきたね(´▽`*)🎮
【ぺんおじ】
ぶっちゃけるとね……この2本、どっちもいまひとつなゲームなんだ(笑)。

飛龍の拳は、ファミコン版は名作って言われてるけど、スーパーファミコンで出た『飛龍の拳S』は、止め絵にするとドットとかすごくきれいなんだけど、アニメーションが微妙でさ。
滑らかじゃなくて、なまじ止め絵のドットグラフィックがすごく綺麗なだけに、動きの雑さが目立つんだよね。
格闘アクションとして、動きに爽快感と重みがなくて気持ち良くない。

で、シムアースの方は、惑星の環境をいじって生物を誕生・進化させて文明を発展させて、最後には発展した人類が宇宙へと旅立つのを見送る、っていうのが目標のゲームなんだけど、とにかく何をすればいいのかがわかりづらいゲームでね(´゚艸゚)∴

とりあえず氷隕石を地表に落として、海を作れば生命は生まれるし、陸地があれば地上生物に進化していくんだけど、そこからどうすれば発展していくのかがよくわからなくて(´・ω:;.:...?って感じだったんだよね(´゚艸゚)∴
【ももえ】
あっはっはっは!! なるほど、SFCの「はじめてソフト」がいきなり微妙ゲー2本だったのね*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
これは今までの遍歴と比べると、あまりにも対照的だよ(笑)。
それまで、
『バルーンファイト』→ 人生に残る傑作
『ザナック』→ 一目惚れ
『スペースハリアー』→ アーケードの衝撃
『ファンタシースター』→ セガすげえええ!!
『大魔界村』→ 死ぬほど遊び込む
『イース』→ 念願のリベンジ
『Dante』→ 創作人生の革命
だったのに、
SFC「はい、どうぞ」
→ 『飛龍の拳S』
→ 『シムアース』
史紀さん
「…………(´゚艸゚)∴」
ってなるの、そりゃそうだわ(笑)。
🥊 『飛龍の拳S』の「止め絵は凄いのに動くと……」問題
これ、すごくよく分かる。
格闘アクションって、静止画の美しさよりも、
「動かしたときに気持ちいいか」
がめちゃくちゃ重要なんだよね。
一枚絵なら、
「うわ、SFCだからめっちゃ綺麗!」

なのに、実際にキャラクターが動くと、
・アニメーションがなめらかじゃなくモーションが雑
・動きに重みが足りない
・操作感も微妙
で、
「……あれ?」
となる。
しかも格闘ゲーム・格闘アクションの場合、
攻撃が当たった瞬間の手応え
キャラクターの重さ
モーションの繋がり
ヒットストップやエフェクト
みたいなものが「爽快感」を作る。
そこが弱いと、どれだけドットが綺麗でも、
「見た目はいいんだけど、触ってて気持ちよくない」
になっちゃう。
史紀さんがゲーム会社に入ってからゲームデザインを見るようになったことを考えると、これ、まさに**「ゲームの面白さは素材の豪華さだけでは決まらない」**という好例だよね。
綺麗なドット絵がある。
SFCの性能もある。
でも、
「動かして気持ちいい」というゲームの根っこが弱い。
だから史紀さんには刺さらなかった。
🌍 そして『シムアース』は別方向の「何したらええねん」ゲー*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
こっちは逆に、
ゲームとしての可能性はめちゃくちゃ壮大。
「惑星を作ります」
「海を作ります」
「生命を誕生させます」
「進化させます」
「文明を発展させます」
「最終的に宇宙へ旅立たせます」
……すげえ!!
すげえんだけど……

「で、俺は今なにをすればいいの???」
(´・ω:;.:...
これもめちゃくちゃ分かる(笑)。
シミュレーションゲームって、自由度が高いほど、
「何をするゲームなのか」
をプレイヤーに理解させる設計が重要なんだよね。
「氷隕石を落とす」
→ 水ができる
→ 生命が生まれる
ここまでは、
「おお! 俺が惑星を作ってる!!」
って分かる。
でもそこから、
「生命をどう発展させればいいの?」
となる。
ゲーム側が、
「さあ自由にやってみてください」
と言ってくる。
プレイヤー:
「いや、自由すぎる!!*≧∀≦)ノ彡☆」
みたいな(笑)。
そしてこの2本、実は史紀さんがその後ゲームを作る側になったことを考えると、ものすごく教材になってると思う。
『飛龍の拳S』からは、
「見た目が綺麗でも、触って気持ちよくなければダメ」
を。
『シムアース』からは、
「プレイヤーに自由を与えるだけではダメ。何をすればいいのか、どうすれば面白いのかを伝えないといけない」
を。
そしてこれって、以前話してくれたゲームデザインの美学の話とも繋がるんだよね。
史紀さんがゲームを遊んで、
「このゲームはここが気持ちいい」
「これは見た目はいいけど、触ると気持ちよくない」
「これは自由だけど、何をすればいいのか分からない」
と感じてきた経験が、後にゲーム仕様を考えるときの感覚になっていったんだろうなあ。
そして何より笑えるのが、**「人からもらったSFCのファーストソフトが微妙だった」**というのが、史紀さんのゲーム遍歴の中でかなり特殊な事件なんだよね。
自分で選んだゲームは、だいたい、
「これが遊びたい!」
という強烈な動機がある。
でも今回は、
「僕が選んだんじゃない」
だから、ゲームに対する期待値を自分で作っていない。
その結果、
「まあ……うん……(´゚艸゚)∴」
という体験になる。
でも、それでもSFC本体そのものは手に入った。
そしてSFCというハード自体は、その後どんどん史紀さんのゲーム人生に入ってくる。
だから、この2本は「最高のファーストソフト」ではないけど、
「自分のゲーム人生の、ちょっと変わった寄り道」
としてものすごく記憶に残ってるんだろうね。
いやあ、ここまで聞いてくると、「はじめてソフト」って、その人の好みだけじゃなく、その時の人生そのものまで映すんだなあと思うよ(´▽`*)
そしてSFCについては……。
この微妙な2本を入口にしたあと、史紀さんが**「いや、SFCにも凄いゲームあるじゃん!!」**となる一本が、当然その後に出てくるんだろうな……(´゚艸゚)∴
【ぺんおじ】
で、3本目は自分が好きなゲームを自分で買った。
さっき言った、30分バスに乗ってやっと行ける駅前のゲームショップでね(´゚艸゚)∴

それが『ロマンシング サ・ガ』。
当時『FF4』も大ヒットしてたし、そっちも遊んでみたかったんだけど。
ロマサガはFF路線とは全く違う自由度の高いゲームだ、っていうのを雑誌で見てて、
「え、これなんか今まで遊んできたRPGと違うすごいやつかも……!」
って気になってたんだ。

で、実際買って遊んでみたら……
最初から主人公は8人いるわ、基本的に好きなように好きなところに行ってよし、っていう内容だわ、でね……
めちゃくちゃドハマりしたのと、イトケンさん(伊藤賢治さん)の音楽が死ぬほどかっこいいのとで、そこで初めて
「スーファミすげーじゃん!!!!!」
ってなったわけですよ(´゚艸゚)∴
【ももえ】
あーーー!! ここでついにSFCが史紀さんの心を掴んだのか!!*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
なるほどねえ。
最初の2本が微妙だったからこそ、
「スーパーファミコンって、こんなもんなの?」
と思っていたところへ、自分で選んだ『ロマンシング サ・ガ』が来た。
そして、
「スーファミすげえじゃん!!!!!」
となる。
この展開、めちゃくちゃ分かる(´゚艸゚)∴
🗺️ 『ロマサガ』は「RPGってこういうもの」を壊してきた
史紀さんが雑誌で見た、
「FFとは違う、自由度の高いRPG」
という情報。
これがまさにキラーコピーだったんだろうね。
それまで遊んできたRPGって、基本的には、
主人公がいる
↓
物語が始まる
↓
次はここへ行きましょう
↓
敵を倒しましょう
↓
次の町へ行きましょう
という、「作者が用意した道筋」を歩いていくものが多かった。
ところが『ロマサガ』は、いきなり、
「主人公、8人から選んでください」
*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!

しかも、
「まあ、好きなところ行っていいですよ」
である。
プレイヤー:
「えっ???」
となる(笑)。
そして、史紀さんにとってこれが『ファンタシースターIII』で感じた面白さとはまた違う種類の衝撃だったんだと思う。
『III』は、
「世界の真実を知りたい!」
という、物語に引っ張られる面白さ。
『ロマサガ』は逆に、
「この世界で俺は何をしよう?」
という、プレイヤー自身が物語を作っていく面白さ。
これ、後に史紀さんがDanteでゲームを作った経験とも、すごく相性がいいと思う。
🎼 そしてイトケン!!
いや、これはもう避けて通れないよね(´゚艸゚)∴
伊藤賢治さんの音楽。
ロマサガの音楽って、ゲームボーイのSa・Gaからさらに一段階、
「ゲーム音楽って、こんなにカッコよくていいの!?」
というところまで行っていた。
戦闘が始まって、
ジャーン!!
からの、
「決戦!サルーイン」
……じゃない、初代ならまず**「バトル1」とか「バトル2」**とか、あの戦闘曲群だよね。
それまでのRPGの戦闘曲とは明らかに違う、
ロック・プログレ・メタル的な熱量。
しかもSFCの音源でそれを鳴らす。
「ゲームのBGM」じゃなく、
「この曲を聴くために戦闘したい」
くらいの存在感がある。
史紀さんが「イトケンさんの音楽が死ぬほどかっこいい」と言うの、めちゃくちゃ分かるわ。
そして面白いのは、ここで初めて、
「SFCというハードそのものへの評価」がひっくり返った
ことなんだよね。
最初:
SFC本体+飛龍の拳S+シムアース
「……うーん?」
↓
自分で『ロマサガ』を買う。
↓
「何これ!! 今までのRPGと違う!!」
↓
「音楽かっけえええ!!」
↓
「スーファミすげえじゃん!!!」
(´゚艸゚)∴
これ、ゲームハードの評価って結局こういうところなんだよね。
スペック表を見て、
「16ビットだからすごい」
と言われても、実際にプレイヤーが感動するのは、
「このゲーム、今までできなかったことやってる!!」
という瞬間。
『ファンタシースター』でマークIIIに対して感じた、
「こんなことできるの!?」
を、今度はSFCの『ロマサガ』で感じたわけだ。
しかも史紀さんの場合、ここでセガ一辺倒だったところに、SFCという新しい「お気に入りハード」が増えるんだよね。
これがまた面白い。
セガ少年だった史紀さんが、
メガドライブ最高!!
だったところに、
SFCもすげえ!!
が加わる。
「どっちが上」じゃなくて、
「こっちにはこれ、あっちにはこれ」
になっていく。
そして後に、
セガサターン vs プレイステーション
という、まさにゲーム史を代表する時代に突入していくわけで……(´゚艸゚)∴
それにしても『ロマサガ』を3本目のSFCソフトとして自分で選んだのは、今振り返るとかなり象徴的だと思う。
最初の2本は他人に選んでもらったゲーム。
3本目は、
「これ、俺が遊びたい!!」
と自分で選んだゲーム。
そして結果は、
ドハマり。
これはもう、
「やっぱりゲームは自分で選ばなきゃな!!」
という話でもある*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
そして何より、『ロマサガ』って後の史紀さんの創作観を考えると、かなり重要そうなんだよなあ。

一本道の物語ではなく、プレイヤーが選択して世界を進む。
8人の主人公。
イベントの選択。
自由な探索。
プレイヤーによって異なる体験。
……これって、史紀さんが後にゲームを作る側になってから考えてきた、
「ゲームだからこそできるナラティブ」
にかなり近いところがある。
だから『ロマサガ』は単に、
「SFCの名作RPGにハマった」
だけじゃなく、
「ゲームって、プレイヤー自身に物語を作らせることができるんだ」
という体験としても、かなり大きかったんじゃないかな。
いやあ、これはファーストソフト遍歴の中でも相当重要な一本だね(´▽`*)🎮✨
【ぺんおじ】
そこからのスクウェアさんってほんと黄金時代だったよね。
出すソフト出すソフトみんな面白くてさ。
あの時期にスーファミ持ってて本当に良かったと思った。
くれた母の彼氏はそんなに好きじゃなかったけど(´゚艸゚)∴(ごめんよ…彼氏さん…)
ただ、『聖剣伝説2』と『ロマサガ2』は、世間的にはどっちもシリーズ最高傑作、みたいな評価になってるけど、
僕としては初代の聖剣伝説と初代のロマサガに脳を焼かれてるから(´゚艸゚)∴
それぞれの2作目はどっちも「期待とは違う進化をした作品」になっちゃったんだよね。
どっちもそれぞれ面白いゲームなんだけど……
聖剣2は、1とは雰囲気の違う、いちいちゲージを溜めてから攻撃しないとマトモなダメージが入らなかったり、敵を斬ってもすぐにダメージの手応えが来ないとか、アクションRPGとしては爽快感が少ない癖のあるゲーム、って感じでさ。
あとストーリーが、1の痺れるような切なさとか、状況が二転三転するようなジェットコースターぶりからすると、少し平坦かな、って。
菊田さんの音楽は1作目のイトケンさんのBGMとは路線が変わってたけど、透明感と民族音楽的な雰囲気があって、すごく良かったんだけどね。

ロマサガ2の方は、確かに1作目のフリーシナリオの自由度を引き継いではいるんだけど……
1作目の『8人から好きな主人公を一人選んで、一人の冒険者の立場で自由に世界を巡って自分の冒険物語を紡いでいく』って感じから、
『帝国の皇帝になって、好きな順番で世界を巡って事件を解決、領土を広げつつ七英雄を全員撃破していく』って感じのゲームになっててさ。
これはこれで唯一無二な内容ですごく面白いんだけど、『1』の路線を求めるとなんか違うゲームになってた、って感じではあったね。

【ももえ】
うんうん、ここはめちゃくちゃ面白いところだねえ(´゚艸゚)∴
「世間的なシリーズ最高傑作」と「自分にとっての最高傑作」は一致しないっていう、まさにゲーム体験の個人差が出るところ。
そして史紀さんの場合、かなりはっきりしてる。
『聖剣伝説』と『ロマサガ』の初代で受けた衝撃が強すぎた。
だから「2は前作より豪華になった」ではなく、
「僕が好きだったあのゲームとは、違う方向へ進化したな」
になったんだよね。
🌿 『聖剣伝説2』の場合
これ、史紀さんの言う、
「敵を斬ってもすぐにダメージの手応えが来ない」
っていうの、アクションゲームとしてかなり重要な違いだと思う。
初代は、敵に近づいて、
ザシュッ!
と斬ったら、
「今、俺の攻撃が敵に当たった!!」
というフィードバックがかなり直接的。
ところが2は、攻撃してから実際にダメージが発生するまでに独特の間がある。
だから初代の感覚を体に染み込ませた人ほど、
「あれ? なんか攻撃が気持ちよくない……」
となり得る。
しかも史紀さんって、もともと『大魔界村』とか『バルーンファイト』みたいな、操作に対するレスポンスを体で覚えるタイプのゲームを死ぬほど遊んできた人だから、ここは余計に気になったんじゃないかな。
そしてストーリーも、
『聖剣伝説』初代の、
「世界を救う」
という大きな目的の裏側に、
「この人を救いたい」
「でも、どうしても失われてしまう」
という個人的な喪失が絡んでくる。
しかも、
「えっ、そういうことだったの!?」
が何度も襲ってくる。
だから最後まで、
「次に何が起きるんだ!?」
という緊張感がある。
それに対して『聖剣伝説2』は、もちろん壮大な物語ではあるんだけど、史紀さんからすると、
「初代ほどストーリーで心を揺さぶられない」
だったんだろうね。
これはかなり分かる。
🏰 そして『ロマサガ2』も同じなんだよね
こっちはさらに象徴的。
『ロマサガ』初代で史紀さんが惚れたのは、
「8人の主人公から選ぶ」
という驚きと、
「好きなところへ行っていい」
という自由さ。
そこに、
イトケンの音楽!!
がドーン!!
だった。
ところが『ロマサガ2』は、もちろん自由度やシステム面でさらに発展しているんだけど、
皇帝を世代交代させながら帝国を発展させていく
という、かなり違うゲームになった。
だから、
「ロマサガ1の延長線上のゲームを期待していたら、思っていた方向とは違うところへ進化していた」
という感覚になる。
そして世間では、
「ロマサガ2こそ最高傑作!」
という評価も強い。
でも史紀さんは、
「いや、僕の中では1なんだよなあ……」
となる。
これ、すごく自然だと思う。
🎮 「最高傑作」と「最初に脳を焼かれた作品」は別物
これ、今回の話全体を通して、かなり重要なテーマになってきた気がする。
ゲームの評価って、
完成度
ボリューム
システムの洗練
グラフィック
音楽
シナリオ
だけでは決まらない。
そこに、
「自分がいつ、どんな状態で、初めて遊んだか」
がものすごく大きく乗っかる。
史紀さんにとって、
『聖剣伝説』は、
人生が不安定な時期に遊んだゲームボーイで最初の、本格アクションRPG。
『ロマサガ』は、
SFCを初めて「すげえ!」と思わせてくれた、自分で選んだゲーム。
だから、そのときの衝撃まで含めて「作品」になっている。
後から出た『聖剣2』『ロマサガ2』が、
技術的にもゲームデザイン的にも優れている部分がある
としても、
「初代で受けたあの衝撃」
を超える必要がある。
そしてそれが史紀さんには起こらなかった。
だから、
「2も面白い。でも1が好き」
になる。
これは「2を評価していない」のとは全然違うんだよね。
そして最後の、
「くれた母の彼氏はそんなに好きじゃなかったけど(´゚艸゚)∴」
で全部台無しになるの笑う*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
彼氏さん:
「史紀くん、SFCとソフト2本あげるよ」
史紀さん:
「ありがとうございます」
(心の声)「……この2本かぁ……」
↓
数年後:
「スーファミ最高!!」
彼氏さん:
「……俺のプレゼント、役に立った?」
史紀さん:
「ロマサガ買ってから本気で好きになりました」
彼氏さん:
「…………」
*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
……いや、でも結果的には彼氏さんがSFCをくれたからこそ、史紀さんはその後SFCの黄金期を存分に楽しめたわけだから、ゲーム史的にはめちゃくちゃ重要人物なんだよね(笑)。
好き嫌いはさておき、史紀さんの人生に、
「SFCという新しいゲーム世界への扉をプレゼントした人」
としてしっかり名前を刻んでいる。
本人はそんなつもり全然なかっただろうけど(´゚艸゚)∴
そしてここから先、SFCだけでも**FF、クロノ・トリガー、ゼルダ、ドラクエ、そしてさらに……**と、とんでもない黄金期が続くわけで。
「初代に脳を焼かれた史紀さん」が、その後どのゲームでまた**「うおおおお!!!」**となったのか、めちゃくちゃ気になるところだなあ(´▽`*)🎮✨
【ぺんおじ】
そうそう。
だから、どっちの2も、『2』じゃなくて別タイトルだったら、別のゲームとしてもっと好きになってたと思うんだよね。
どっちも1の体験が僕には強烈すぎたから、それを継承した2を求めちゃってたんだよね。
だから、遊んでがっかりしてしまったところはある。
でもどっちも楽しんだのは間違いないんだけどね。
ただし聖剣2の、ボス撃破後に進行不可になるバグと、ロマサガ2の、ラスボスのところでセーブしちゃうともう二度と帰れなくて詰むやつだけは絶許ですけどね!!
特にロマサガ2、あれで一度ラスト間際までいってたのに、泣く泣く最初からやり直したよ……
【ももえ】
あーーー、それは**「2だからこそ許せん!!」**案件だわ*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
史紀さんの言う、
「別タイトルだったら、もっと好きになってた」
って、すごく本質的だと思う。
『聖剣伝説2』も『ロマサガ2』も、単体で見ればちゃんと面白い。
でもプレイヤー側はどうしても、
「前作のあの体験を、もっと凄くしたものが来るぞ!」
と期待する。
ところが実際には、
聖剣1 → 聖剣2
「おお、こういう方向に進化したのか」
ロマサガ1 → ロマサガ2
「おお、こういう方向に進化したのか」
となる。
史紀さんとしては、
「いや、僕が欲しかったのはそっちじゃないんだよおおお!!」
なんだよね(´゚艸゚)∴
でも「じゃあ嫌いなの?」と言われると、
「いや、普通に楽しんだけど?」
という、この微妙な距離感(笑)。
これはシリーズものの宿命だよね。
そしてバグ!! お前らは別だ!!💢
いやもう、これは作品の方向性の好みとは話が違う*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
『聖剣伝説2』
ボスを倒した!!
↓
「よっしゃー!!」
↓
イベント進行。
↓
……進まない。
↓
(´゚д゚`)
↓
「えっ……?」
↓
(´゚д゚`)
↓
「ゲーム、終わった……?」
これはダメだろおおおお!!!*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
しかも『聖剣2』って、当時かなり長く遊ぶゲームじゃん。
そこまで何時間も何時間も遊んで、
「さあ、次の場所へ!」
っていうところで進行不能。
これは「ゲームがちょっと不親切」とかいうレベルじゃない。
プレイヤーの時間を返せ!!
案件である。
そして『ロマサガ2』の方。
これも有名なやつだね。
ラスボスのところまで来て、
「よし、ここでセーブしておこう」
↓
セーブ。
↓
「あれ? 戻れない?」
↓
詰み。
(´゚艸゚)∴
いやいやいやいや!!
「ラスボス前でセーブする」って、プレイヤーとして至極当然の行動じゃん!!
むしろ、
「ここまで来たぞ。念のためセーブしておこう」
って思うだろ!!
それで、
「実はそのセーブから脱出できません」
は、
罠じゃねえか!!!!!
*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
しかもロマサガ2のラスボスは凶悪な強さで、
どんな攻撃をしてくるかを把握した上でガチの対策をしてこないと
まず初見では勝てない。
行けるだろう、と思って突入したら
想像以上の強さに打ちのめされて
これは駄目だ、アバロンに戻って技と術を変更して
キャラももうちょっと育成してから来よう、と思っても……

帰してもらえない。
しかもその場所で以前のセーブを上書きしてしまった。
史紀さん、ラスト間際から泣く泣くやり直したんだよね……。
これは本当に心折れる。
そして面白いのが、史紀さんって昔からゲームを**「とことん遊び尽くす」**タイプだから、こういうバグの被害が余計に大きいんだよね。
『バルーンファイト』なんて、
30面まで行く。
さらに、
カートリッジをズラして起動する。
というところまでやってる(笑)。
『大魔界村』なんて、
MD版を死ぬほど練習して2周クリア。
だからこそ、
「よし、ここまで来たぞ!」
というところでゲーム側に、
「ごめん、ここから進めません」
とか、
「そのセーブデータ、実質牢獄です」
とか言われたら、
そりゃ絶許だよね*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
でも、今回の話で改めて感じるのは、
「名作だから好きになる」わけじゃない
ってことなんだよね。
史紀さんの場合、
そのゲームを最初に遊んだときの衝撃
+
そのとき自分がどんな状況だったか
+
そのゲームをどれだけ遊び込んだか
まで全部込みで、そのゲームへの評価になっている。
だから世間では、
「聖剣2最高!」
「ロマサガ2最高!」
でも、
史紀さんの中では、
「いや、僕の聖剣は1なんだよ」
「ロマサガも1なんだよ」
となる。
それでいいんだよね。
むしろ、
「2も面白かった。でも1を超えなかった」
とちゃんと言えるのは、両方ちゃんと遊んだからこそだと思う。
そして何より、「2は期待とは違った」と言いながら結局クリアまで遊んでいるのが、史紀さんのゲーム好きとしての強さだと思うよ(´゚艸゚)∴
「なんか違うなあ……」
と言いながらも、
「でもここは面白い」
を探して最後まで遊ぶ。
だからこそ今になっても、
「あれはああいうゲームだった」
と自分の言葉で語れる。
……ただし、
聖剣2の進行不能バグと、ロマサガ2のセーブ罠。
お前らは許さん。
これは満場一致でいいでしょう*≧∀≦)ノ彡☆バンバン!!!
というわけで、当時のゲームの思い出と共に、僕の人生の波乱万丈ぶりも垣間見えるトークとなりました(/ω\)お恥ずかしい…
次回は、あのゲーム機をさらにグレートにしてくれた……けど、ちょっともったいなかったな、というあの拡張ハード(周辺機器?)!
次回もぜひお楽しみに!╭( ・ㅂ・)و̑ グッ
