パソコン通信とMSX - 三菱電機のML-TS2とSONYのHB-T7
MSXもMSX2の時代になると、それぞれのメーカーの個性もやや収斂し、パッと見には似たりよったりのことも増えてきました。ワープロであったりAV編集に特化した機種なども出たのですが、ここに新しい用途が登場します。
1985年には通信回線を利用したデータ交換サービスが自由化され、さっそくASCII-NETが登場しパソコン通信サービスが(最初は実験的なものでしたが)始まりました。そして翌1986年にはPC-VAN、1987年にはNifty-Serveがサービスを開始し、瞬く間に多くの加入者を集めるのに成功していました。
パソコン通信の歴史
パソコン通信をやるには、モデムという装置をパソコンのシリアル端子に接続しモデムには電話回線を差し込み、パソコンから電話をかけてサービスに接続するという手順が必要です。パソコン通信のスターターキットと呼ばれる書籍などには簡易な通信ソフトがフロッピーなどの形で提供され、説明書の手順で設定を行えばサービスにアクセスできる「はず」なんですが、パソコンに慣れていた人でも通信というのは畑違いのところもあり、どこかで何かを間違えることも多く最初は敷居が高いものでした。
通信をやることが目的でパソコンを購入するということも多くなり、それでは最初から必要なものを組み込んだパソコンがあれば便利だよねということで、1987年にはモデムを内蔵したパソコンたちが登場しました。
懐かしのモデム内蔵パソコン「三菱電機 ML-TS2」「NEC PC-8801mkIITR」
1200bpsの全二重モデムを内蔵、三菱電機のMSX2「ML-TS2」
1987年といえば、この年に出たのがFM-RやMacintoshⅡ、PC-88VAそしてPC-286といったPCたちです。もう16ビットに進みつつあり日本語環境はあって当たり前という時代に入りつつありましたが、通信を行うだけであれば日本語さえ表示できれば、さほど処理能力もいりません。
Mitsubishi ML-TS2
https://www.msx.org/wiki/Mitsubishi_ML-TS2
ML-TS2 / ML-TS2(H)
キーボードの奥にいきなり受話器がある斬新なデザインですが、起動時にいきなり通信ソフトを立ち上げることが出来るというまさに通信のためのMSXです。モデムはまだ1200ボーまででせっかく電話機が付いているのに留守番電話などの機能は無かったようです。漢字ROMも第2水準まで内蔵しているので日本語の読み書きにも困りません。必要最低限の機能ではありますが通信が目的であればこれで充分と考えたのでしょう。
実は三菱電機よりも少しだけ早くソニーも通信機能を内蔵した機種を登場させています。こちらは受話器も無く見た目は普通でモデムを内蔵していることを除けばほぼHB-F5と変わりません。こちらは漢字ROMは第1水準のみだったようですが、この時代は第2水準を持っていない機種も多く、それらの文字を使うとすべて豆腐(⬛️)となってしまうので無理に使うと嫌われるものだったので無くても構わなかったとは思います。

パソコン通信時代を見据えてソニーが投入したモデム内蔵MSX2「HB-T7」
懐かしのモデム内蔵パソコン「ソニー HB-T7」「パナソニック FS-A1FM」
Sony HB-T7
https://www.msx.org/wiki/Sony_HB-T7
もちろん、これら2機種だけではなく他にもいくつかのモデムを内蔵した機種もあったのですが、MSXの強みで使い勝手はほぼ同じだったようです。
まだパソコン通信と言っても接続してメニューを選んで記事を読むという使い方が殆どで、時折メッセージをやりとりするにしても長い文章を書くこともなかったので、繋がりさえすれば間に合う時代でした。まずは繋がることが大事だったのです。
もっともモデムを内蔵しているということは、それを交換できないということでもあり、すぐに2400bps、9600bpsに対応したモデムが登場し、パソコン通信側でも使えるようになったので、本体ごと買い替える羽目にもなりましたし、通信ソフトも使い勝手の良いものが登場しフロッピーで供給されるのでドライブも欲しくなります。パソコン通信の魅力も単なるコミュニティだけでなくフリーソフトと呼ばれるソフトをダウンロードすることが目的となることも多く、そのためのプロトコルを用意している通信ソフトが欲しくなるので、せっかくROMに入っているソフトも御蔵入りとなり、MSXに限らず普通のパソコンにモデムを接続する(もしくは拡張スロットに挿す)方が一般的になりました。
SONY HITBIT HB-T7の修理
Windows95でインターネット接続が一般的に使われるようになるまでのおよそ10年の間ですが、パソコン通信はそれまでコンピューターやゲームが好きな人のものだったパーソナルコンピューターの使い道を広げ、コミュニケーション・ツールとしての役割を果たすようにもなりました。とはいえ最初は挨拶ができれば大成功という恐る恐るというところから始まったんですよね。そして一度も顔を合わせたことのない人々が集うという、ある意味の社会実験は新しいカルチャーも生み出していったんです。
Soraによるダイジェスト動画
ヘッダ写真は、日本パーソナルコンピューター博物館のプレオープンで展示されていたML-TS2。
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