つい後回しにしてしまうこと(耳ビジnote部)
8月も下旬になると、子どもの顔を見ればだいたい分かる。宿題が終わっている子は涼しい顔をしているし、終わっていない子は妙にそわそわする。あるいは、やたらと元気に外へ遊びに出ていく。あれは逃避である。
私の夏休みは、極端だった。
私は未熟児で生まれ、体が弱かった。母はそれを気にして、さまざまな習い事に通わせてくれた。ところが、これがことごとく続かない。
英会話教室は、まるでダメだった。興味が持てなかった。いわゆる駅前留学の小学生版だが、通っていたという記憶しか残っていない。水泳も好きになれなかった。夏の間だけ律儀に通い、律儀に飽きた。ラジオ体操に至っては、そもそも朝が弱い。首から下げたスタンプカードは、見事に虫食いだった。ちなみに朝が苦手なのは、今も変わっていない。
唯一続いたのがエレクトーンで、小学6年まで通った。8級を取得したはずだが、その証書が今どこにあるのかは分からない。
そんな中で、自分から関心を持ったのが読書だった。
母は工夫をした。1冊読み終えるたびに、お駄賃をくれるのである。私はそれを握りしめて近所の本屋に走る。あの時間が、至福だった。その本屋には10冊買うと1冊分の無料券がもらえる仕組みがあり、無料券を使った日のお駄賃は、そのまま小遣いとして手元に残る。夏休みが終わるころには、それなりの額がたまっていた。たまった金は、ミクロマンという小さなフィギュアと、スーパーカー消しゴムに消えた。
つまり私は、読書というより、この一連の流れが好きだったのだと思う。
小学2年生の夏、読書感想文に取り組んだ。1日1冊読み、その日のうちに1枚書く。それを42日続けた。夏休みが明けたとき、手元には42枚の感想文があった。母は大喜びで、束にパンチで穴を空け、表紙をつけ、紐を通して1冊に仕立てた。提出物というより作品集である。
学校の展示会で掲示され、中野区にも提出された。異例の作品ということで賞をもらった。最優秀賞だったか優秀賞だったかは、正直もう覚えていない。覚えているのは、壇上に呼ばれて賞状を受け取ったことと、副賞がなぜか色鉛筆だったことだ。30色ほどあった。感想文の賞なのだから図書券でよかったのではないか、と今でも思っている。
その後、作品は都展にも出品された。ところが、これが戻ってこなかった。賞状も紛失している。したがって、以上の話を証明する手立ては、私にはない。
ただ、当時書いた感想文が何枚か出てきた。母の遺品の中に残っていたものである。パンチで穴を空け、紐を通した、あの束の一部だ。

ここまで書くと、さぞ計画的な子どもだったと思われるかもしれない。まったく違う。
読書以外の宿題は、ことごとく遅れた。とくに算数が苦手だった。薄いドリルが1冊出ていたのだが、手をつけたのは最終日である。42日かけて42枚書いた人間が、薄いドリル1冊を1日で片づけた。前倒しと先送りが、ひとつの夏休みの中に同居していた。
今になって思うのは、後回しの分かれ目は「面倒かどうか」ではない、ということだ。手間で言えば、読書感想文のほうが明らかに重い。それでも毎日できたのは、読んで、思ったことを書けばよかったからである。始めるまでのハードルがない。しかも、終われば本屋に行ける。
一方、算数ドリルは1問目で止まる。分からない問題に当たると、そこで手が止まり、机を離れる理由を探しはじめる。鉛筆を削る。消しゴムのカスを集める。気がつくと日が暮れている。
後回しにしてしまうのは、面倒な作業ではない。「うまくいかないかもしれない作業」である。
もうひとつ、続いたものがある。マラソンだ。
高学年になると、学校でマラソンが推奨された。校庭を何周走ったかを記録し、距離として積み上げていく。学年全体でやっていたから、こちらも自然と気合が入った。結果は学年3位である。順位が出るとなれば、走らない理由がない。
マラソンの影響かどうかは分からないが、この頃から小児喘息は治まり、身長もぐんぐん伸びた。未熟児だったことを、あまり意識しなくなった。
読書感想文もマラソンも、共通していたことがある。今日やった分が、目に見えて増えていったことだ。感想文は1枚ずつ厚くなり、走った距離は数字で伸びる。算数ドリルには、それがなかった。
小学2年生の私が42日続けられた理由は、おそらくひとつしかない。「1日1冊1枚」と最初に決めていたことだ。今日やる分量が決まっていれば、迷いようがない。逆に「夏休み中にドリル1冊」は、いつ始めてもいい代わりに、いつ始めなくてもいい。
締切が遠い仕事ほど後回しになるのは、意志の弱さというより、決め方の問題なのだと思う。
とはいえ、こう書いている私自身、今年もまだ手をつけていないものがいくつかある。人のことは言えない。
そういえば、英会話だけは今も苦手なままである。
夏休みは、もうすぐ終わる。
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