もちもち猫 (短編小説)
小さな、小さな、もちもち猫が百匹はいただろうか。
おばあちゃんは、屋根裏に袋いっぱいの煮干しを置いた。
もちもち猫はわあっと飛び出してきて、うにゃあ、うにゃあ、と大興奮。煮干しをどんどん食べていった。
大きさは、コガネムシぐらい。赤や、黄や、緑や、黒や、白や、灰色や、白黒や、とにかく色んな色の猫たちが、まるで小さなお餅のように丸くなって嬉しそうに煮干しを食べている。
「この猫は、昔から家を守ってきたんだよ」
おばあちゃんは優しい声で僕に教える。
にゃあ、にゃあ。
にゃあ、にゃあ。
「ただね。信じていないと見ることはできない」
おばあちゃんは僕の頭を何度も撫でながら笑った。
それから3年間。僕は年末に田舎の家にもどるたびに、おばあちゃんと一緒に屋根裏で煮干しを撒いた。お父さんにもお母さんにも見えないらしい。僕とおばあちゃんだけに見える、もちもち猫。
しかし、今年の6月、一人暮らしのおばあちゃんは、玄関で転んで入院し、田舎の家に帰ることができなくなった。
「仕方ない。あの家は、もう古いから」
ここから山をいくつも越えて、車で何時間もかかる田舎の家。畑を残して心配するおばあちゃんに、「あきらめるしかない」とお父さんは言うけれど、おばあちゃんは泣いてばかりだった。
「ほんまに、つまらんようになった」
おばあちゃんの声がベッドの中で重たく揺れる。
僕はお父さんとお母さんの顔を見ながら尋ねた。
「あの家どうするの?」
お母さんは「どうかねえ」と一言だけ。
お父さんは「今はおばあちゃんが元気になるのを待つだけだよ」と僕の目を見るだけ。
12月になった。1月になった。
おばあちゃんは退院できなくて、違う病院で再び入院をした。もう戻ることはできないらしい。お父さんとお母さんがこっそり話すのを聞いて、胸の奥がじわっとなる。
財布の中を覗き込む。お年玉の一万円。このお金があれば、バスに乗って田舎の家に行ける。僕はもう5年生だ。
土曜日の朝、スマホを持っている近所の智くんを誘いチョコレートをおごる約束をしてバスに乗り込む。誰にも内緒だ。

バスで二時間。乗り換えて再び1時間。
田舎の家に着いたのはもう午後1時だった。
もう三月だというのに、泥のまじった雪が道端に沢山あって、山は枯草色で汚い。空も灰色。冷たい風が頬を通り、ぶるっと震えが起こる。
畑の作物はただの草原になって、何一つ育っていなかった。
田舎の家は光る瓦屋根がいつも通りでまったく変わらない。ただ、ぽつんと建っていて、誰の呼吸も感じない。
古い郵便受けの奥に手を突っ込んで鍵を取ると、玄関をがらっと開けて中に入った。
プーンと、酸っぱい臭いが漂い、畳が傷だらけで、ものすごい数の黒い点のような汚れがあった。食器は割れ、襖は開き、布団が破れ、ほこりが舞っている。長い廊下の奥にはトイレがある。窓を閉めているのに冷たい空気が吹いたような気がする。
「帰ろうよ」
智くんの声が冷たく震える。
「泥棒が入ったんだよ」
「違うよ。鍵がかかったじゃないか」
智くんは僕の腕を掴んで離さない。汗がいっぱい出て、シャツが背中に貼りついている。お腹の真ん中がぶるっとするが、屋根裏部屋へ足を踏み入れた。
屋根裏の部屋は、わずかな隙間から光が漏れ、狭い空間を照らしていた。何本もの柱が組み合わさり、足元の板にはほこりが積もっている。
「いない……」
僕の声に智くんが降りようとする。
「もう帰ろうよ」
「待って、餌を置くから」
僕は煮干しの袋を開けると、ばっと散らばるように全部ばら撒いた。けれど、昔のようにもちもちの猫は現れなかった。
スマホは3時になっている。
バス停へ向かう途中で、近所のおじさんが「今年は、獣がいっぱい出て作物が全部食べられたんだ」と話していた。
帰りのバスの中で、僕は智くんと何も話さなかった。
家に着くともう夜の8時になっていた。
途中、智くんのスマホに電話があって、田舎の家に行ったことはバレ、めちゃくちゃ怒られた。
この話をおばあちゃんに伝えたかった。
それなのに、一週間後、肺炎で亡くなった。
お葬式は僕の家の近くでやったが、田舎の家には仏壇があるから、僕はお父さんとお母さんと一緒に、骨壺を持って、田舎の家に戻ることになった。
「おい、おばあちゃんの畑。誰か野菜を育てたのか?」
家の裏の畑に行っていたお父さんが目を丸くして戻って来た。
「近所の方が世話をしてくれたのかしら?」
お母さんの話に、僕は首を横に振った。
玄関を開けて家に入ると、何事もなかったかのように、木の床は艶があり、畳は張り替えたようにきれいだった。
あんなに荒れていたのに。
あのときの異変が嘘だったように、いつもの田舎の家に戻っていた。
「もしかして」
心の中で期待する。僕はこっそり屋根裏に向かった。
胸の鼓動が速くなり、息があがる。
ぎいっ。
しかし、真っ暗でがらんとしたままだった……。
車の中で、誰とも話すことなく、ただ、夕日を眺めながら灰色の雲をじっと見ていた。
僕は田舎の家に行く意味がなくなった。
マンションの扉を開けて、部屋に入る。お風呂につかって、ジュースを飲んで、自分の部屋へ。布団に潜りこむ。
「あれ」
何か聞こえる。天井から。
にゃあ。
にゃあ。にゃあ。
にゃあ。にゃあ。にゃあ。にゃあ。
優しい声。
僕は起き上がって無数の猫たちの中に光を見つけた。
どうして?
ねえ、どうして?
窓が開いた。
もちもち猫たちは、大きな光を連れて真っ暗な空の彼方へ消えて行った。

おわり
★この作品は「今日の注目記事」に選ばれました。

いいなと思ったら応援しよう!
今後、原爆をテーマに小説を書きます。テーマ的に文学賞からの出版は厳しいと考えてます。出版費用にしたいです。応募よろしくお願いします。