闘牛と、その文化を巡る【全国闘牛サミットin久慈大会:前編】
さて、ウマの次はウシの出番だ。
実は年明け位に、例によって「道の駅巡り」をしていたのですが、久慈市の「白樺の里やまがた」にてこんなポスターを見つけたんだ。

このイベントは闘牛文化が根付く全国の9市町(岩手県久慈市、新潟県長岡市・小千谷市、島根県隠岐の島町、愛媛県宇和島市、鹿児島県徳之島、沖縄県うるま市など)が持ち回り方式で主催しているのだそうな。
ほほぅ・・・今回を逃すと次に東北で開催するのは10年後。
たぶん闘牛全国大会を見れるのは、人生において最初で最後になるのかな?
奇しくも、今回の開催は「チャグチャグ馬コ」の翌日。
前日はウマ、翌日はウシというのも、なかなかに面白き動物三昧。
ンモー、これは行くしかないですね。
会場は、岩手県久慈市山形町と岩手郡葛巻町の境目にある「平庭高原」だ。



さて、スマホ位置ゲーを起動して、この地も占領してオイラの領土にしてしまおうか。

う~ん、俺様のdocomo火縄銃は不発でございました。
クルマは県外、俺様は圏外。(誰がウマいこと言えと



さてバスに乗ってる間、ここで小咄をば。
ひとえに闘牛といっても「牛vs牛」と「人vs牛」の2種類に分れるのね。
我が国では前者ですが、ヨーロッパを始めとする諸外国では主に後者ですな。

現代のスペイン闘牛のルーツは諸説ありますが、中世イベリア半島の騎士や貴族が行っていた競技や狩猟が融合して進化したとされています。
そしてそのルールは古代ローマの闘獣や、古代ギリシャの牡牛信仰・神事に由来するという説があります。
画像のような現在の徒歩スタイルになったのは18世紀頃からで、当初は貴族が馬上から牡牛を槍で突くものでした。(可哀想に
それに対し、我が国のその起源は諸説ありますが、場所によっては神事として始まったモノもありますし、その様子は12世紀の「超獣人物戯画」にも描かれておりますね。
ちなみに現在、日本各地で行われる牛同士の闘牛(「牛の角突き」など)の由来は以下の通り。
岩手県(久慈市): 鎌倉時代に農民が農耕用の強い牛をつくるために野原で角突き合わせをしたのが始まりとする説があります。
愛媛県(宇和島): 17世紀後半、宇和海を漂流していたオランダ船を救助した際、お礼として贈られた2頭の牛が格闘したことが起源という伝承があります。
沖縄県・徳之島: 16〜17世紀頃、サトウキビの収穫を終えた農民の娯楽として始まったとされています。
ちなみに隠岐諸島(島根県)に伝わる伝統文化「隠岐の牛突き(闘牛)」は、鎌倉幕府の討幕に失敗し隠岐島へ流罪となった後醍醐天皇や後鳥羽上皇の心を慰めるために、島民たちが牛同士を戦わせて見せたのが始まりとされています。
なるほど、ヨーロッパは狩猟から来てるけど日本では神事・祭り事なのですね。












彼の四股名はきっと、ハルク・コーガンだ。
さてそろそろ平庭場所が開幕の時間。
激闘とお祭り騒ぎの様子は以下次号へ。(長文書くの嫌い
