さて、これから8小節を100回聴く|作曲は、差をつける競技じゃなくてもいい
最初の8小節を作ったあとにすること
前回の記事では、最初の8小節を作ってみる話を書きました。
いきなり1曲を完成させようとしなくていい。
まずは8小節だけ、音を置いてみる。
それだけでも、何もない場所に少しだけ輪郭ができます。
では、その8小節を作ったあとに何をするのか。
自分の場合は、かなり聴きます。
同じ8小節を、何度も聴きます。
「100回聴く」と書きましたが、本当に毎回100回数えているわけではありません。
そこまで几帳面ではありませんし、作曲中にカウンターを持ち出したらそこそこ怖いです。
でも、気持ちとしてはそれくらい聴きます。
すぐに16小節へ伸ばさない。
すぐにドラムを足さない。
すぐにベースを入れない。
すぐに音色を差し替えない。
すぐにミックスへ行かない。
まず、その8小節を聴く。
かなり地味です。

画面上では、何も進んでいないように見える
外から見たら、あまり作業しているようには見えないと思います。
画面の中では、ほとんど何も変わっていない。
マウスも動いていない。
新しいトラックも増えていない。
音も足していない。
ただ、同じ8小節が流れているだけ。
でも、自分の中では、その時間も作曲の一部です。
聴いている間に、耳の奥の方で少しずつ何かが動いています。
この音は残したい。
ここは少し長い。
この響きは悪くない。
でも、このまま先へ進むのは、なんか違う気がする。
次は低い音を少し動かした方がいいかもしれない。
そういう小さな判断が、少しずつ溜まっていきます。
作ったばかりの8小節は、自分でもまだよく分かっていないことがあります。
良いのか悪いのか。
このまま伸ばせるのか。
何を足せばいいのか。
そもそも、これは残すべきなのか。
すぐには分からない。
だから聴きます。
DAWの前を離れて聴く
自分の場合、その8小節を聴く時に、ずっとPCデスクの前に座っているわけでもありません。
出力をオーディオインターフェイスからBluetoothイヤホンに切り替えて、ループ再生。
そして、メモだけ持って机の前を離れることがあります。
読書をしたり。
ストレッチをしたり。
洗い物をしたり。
部屋の中を少し片づけたり。
その間も、同じ8小節を流しています。
もちろん、細かい音質を確認する時間ではありません。
Bluetoothイヤホンで、ミックスの正確な判断をしようとしているわけではないです。
ここで聴いているのは、音の細部というより、曲の流れです。
このまま聴いていて退屈しないか。
どこで少し引っかかるか。
どの音がまだ残っているか。
どこから先へ行きたくなるか。
そういうことを、机の前から少し離れた場所で聴いています。
メモだけ残して、すぐには直さない
気になった場所は、全部メモに残します。
「ここ長い」
「低い音、動かす」
「この響きは残す」
「次、少し明るくなるかも」
「ドラムはまだ早い」
そんな雑なメモで十分です。
きれいな文章にする必要はありません。
あとで自分が分かればいい。
DAWは開いています。
でも、すぐには直しに行きません。
気づいた瞬間にすぐ修正すると、その場の勢いで触りすぎることがあります。
少し音を足すつもりが、気づいたら全部変えている。
少し整えるつもりが、最初の良さまで消している。
そういうことが、自分にはあります。
だから、すぐには触らない。
少し距離を置いて聴く。
気になったことだけをメモする。
まだ直さない。
その時間に、曲との距離が少し変わります。

鼻歌も、未来の自分へのメモになる
新しいフレーズが浮かんだら、スマホに鼻歌で入れることもあります。
言葉で残せそうなら、そのままメモに書きます。
きれいなメロディである必要はありません。
あとで自分が思い出せればいい。
誰かに聴かせるための鼻歌ではなく、未来の自分に渡すためのメモです。
机の前でDAWを触っている時だけが、作曲の時間ではないのだと思います。
洗い物をしている時に、次の展開が見えることもあります。
ストレッチをしている時に、消す音が分かることもあります。
本を読んでいるのに、耳の奥だけはまだ8小節を聴いていることもあります。
外から見たら、もう作業をやめているように見えるかもしれません。
でも、自分の中ではまだ続いています。
曲が急に動き出すことがある
何度も聴いているうちに、少しずつ見えてくることがあります。
さっきまで何も分からなかったのに、ふっと次の2小節が見える。
足す音が分かる。
消す場所が分かる。
音色を変える理由が分かる。
そこからは、意外と早いです。
ずっと止まっていたように見えた曲が、急に動き出すことがあります。
もちろん、毎回そうなるわけではありません。
何度聴いても、何も見えてこない時もあります。
そういう時は、一度閉じることもあります。
別のことをすることもあります。
次の日に聴いたら、昨日の自分が置いた音に少しだけ驚くこともあります。
「なんでここ、こんなに長くしたんだろう」
「この音、意外と残したいな」
「昨日は良いと思ったけど、今日は違うな」
そういうこともあります。
作曲は、音を作るだけではない
作曲というと、音を作る作業に見えます。
メロディを作る。
コードを置く。
ベースを入れる。
ドラムを足す。
音色を選ぶ。
ミックスする。
たしかに、それも作曲です。
でも、実際には「聴く時間」もかなり多いです。
聴く。
少し動かす。
また聴く。
少し消す。
また聴く。
ひとつだけ変える。
また聴く。
この繰り返しです。
派手なプラグイン画面も出てこないし、すごいテクニックを使っている感じもありません。
作業動画にしたら、たぶんかなり退屈です。
画面の前で同じ8小節を聴いている人。
絵としては弱いです。
かなり。
でも、その地味な時間にしか分からないことがあります。
自分がその音を本当に残したいのか。
ただ何となく置いただけなのか。
足すべきなのか。
今は触らない方がいいのか。
そういう判断は、すぐに出ないことがあります。
「100回」は、回数ではなく態度
タイトルに入れた「100回」は、正確な回数ではありません。
回数というより、態度に近いです。
すぐに次へ行かない。
すぐに足さない。
すぐに捨てない。
すぐに正解を探しに行かない。
作った8小節の前で、少し粘る。
それだけです。
これを努力と呼ぶこともできるのかもしれません。
でも、自分には少し違う言葉に感じます。
足りないものを外から取りに行くというより、もう置いてしまった音の中へ戻っていく感じに近い。
まだ形になっていないものが、その8小節の中にある気がして、何度も聴いてしまう。
努力というより、戻ってくる時間。
自分にとっては、そちらの言葉の方が近いです。
曲が動き出す場所は、人によって違う
もちろん、これは「こう作るのが正しい」という話ではありません。
たぶん、人によって曲が動き出す場所は違います。
弾きながら見つける人もいる。
録音してから分かる人もいる。
誰かに聴かせた瞬間に気づく人もいる。
一晩寝かせないと見えてこない人もいる。
とにかく手を動かしているうちに進む人もいる。
自分の場合は、同じ8小節をかなりしつこく聴いているうちに、ある時ふっと次が見えることがあります。
それまでは止まっているように見える。
でも、耳の奥の方では、少しずつ何かが並び替わっている。
そして、スイッチが入ると急に動き出す。
そのスイッチがどこにあるのかを見つけていくのも、作曲を続けていく中で楽しい部分のひとつだと思っています。
今は、すぐに比べられてしまう
今は、音楽がたくさんあります。
YouTubeにも、SNSにも、ストリーミングにも、毎日のように新しい曲が流れてきます。
世界中の誰かが、今日も新しい曲を出している。
同じようなソフトを使って、驚くほど完成度の高いものを作っている。
AIで、それっぽい曲が一瞬で出てくる時代にもなりました。
そんな場所にいると、自分の8小節が、ずいぶん小さく見えることがあります。
まだ8小節しかない。
音色も仮。
ミックスもしていない。
展開もない。
聴かせられる形には、まだ遠い。
それなのに、画面の外では、完成された曲がどんどん流れている。
そういう中にいると、作曲がいつの間にか競技のように見えてくることがあります。
もっと早く作らなきゃ。
もっと上手くならなきゃ。
もっと良い音にしなきゃ。
もっと人と違うものを作らなきゃ。
もっと見られなきゃ。
その気持ちは、分かります。
自分の曲を聴いてもらいたい。
前より良いものを作りたい。
ちゃんと届く形にしたい。
それは自然なことです。
作品として外に出すなら、聴いてもらうための工夫も必要です。
仕事なら、選ばれる必要もあります。
発信するなら、届き方を考えることも大事です。
そこを無視して、ただ自分の世界に閉じこもればいい、とは思っていません。
ただ、最初の8小節を作っている時間まで、ずっと競技にしなくてもいいのではないかと思います。

差をつけるより、自分の音に戻る
人より早いか。
人より上手いか。
人より新しいか。
人より目立つか。
その物差しだけで作っていると、自分が最初に何へ反応していたのか分からなくなることがあります。
なぜ、この音を置いたのか。
なぜ、この響きが少し気になったのか。
なぜ、ここで止まりたくなったのか。
そういう小さな反応は、急いでいるとすぐに見えなくなります。
だから、自分は聴きます。
差をつけるためではなく、自分の中に少し潜っていくために聴く。
作った8小節の前で、少し待つ。
その音がまだ残っているのか。
もう消した方がいいのか。
次へ行きたがっているのか。
まだここにいたがっているのか。
そういうことを、何度も聴きながら確かめます。
最初の8小節は、まだ完成品ではありません。
でも、何もない場所でもありません。
そこには、もう少しだけ何かがあります。
焦って足す前に、少し聴いてみる。
すぐに捨てる前に、もう一度聴いてみる。
変えるなら、ひとつだけ変えてみる。
そして、また聴く。
それだけで、曲が少しずつこちらに顔を向けてくることがあります。
これからまた、8小節を聴く
作曲は、手を動かしている時間だけで進むわけではないんだと思います。
同じ8小節を何度も聴いている時間。
画面上では何も変わっていない時間。
外から見ると、止まっているように見える時間。
その中で、曲が動き出す準備をしていることがあります。
最初の8小節を作ったあと、すぐに完成へ急がなくてもいい。
聴く。
待つ。
少しだけ変える。
また聴く。
その中で、自分の曲が動き出す場所が、少しずつ見えてくることがあります。
作曲は、差をつける競技じゃなくてもいい。
少なくとも、最初の8小節くらいは、誰かと比べる前に、自分の音として聴いていたい。
さて。
これからまた、8小節を聴きます。
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