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“写真の見方”についての話【造形編】

日々大量の写真を目にしながら、こと”写真表現の見方が分からない“という人は割りかし多いのではないかと思う。
既にここnoteやSNS、ギャラリーなどで写真作品を発表している人達も多い昨今、写真表現に関わる関わらないに限らず、多様な人々にとってこの記事がちょっとした刺激にでもなればと思い、ここは一つ好き勝手にベラベラと僕の写真の見方について、最近撮った写真の例を用いて話してみようと思う。

あくまで「我流」として変な型の武術を披露してみる。

それでは、よろしくお願いします。

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僕は写真を見る時に、ある事を第一に気にして見ている。

それは写真を撮っている中で発見したものであり、やがて写真のみならず建築や精神に至るまで、そのフレームを形造る造形的なアーキテクチャの観察から発見されたものでもある。

これから話すことは“ただ表面に写されたもの”について語るだけだが、細部や部分の話に突っ込んでいくので文章で綴るのは結構難しい。

なので、雑で申し訳ないが途中に図を挟みながら話を進めさせていただく。

無論、今回話す内容だけで僕は写真を見ているわけではない。

個人的な「感情」「私情」や公の「宗教」「歴史」「時代」「文化」などの要素はあえて前景化させずに話そうと思う。

あくまでフレームに切り取られた画面がどのように構成されているかについて、僕自身はそのことに取り分け興味があるタイプなので、第一に“そこ”に意識を張ることで、ちょっと尖った言い方になるが、僕自身にとっての“見るべき写真表現”がスタートするからだ。

とりあえずやってみよう。


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まず、一枚の写真をご覧いただこう。(図0)

図0

この写真は僕が最近、通勤途中の車内(赤信号停止中だよ!)から撮った一枚だ。
既にInstagramに文章を添えて投稿している。

投稿のタイトルは“よくわからない建物”。

そしてこのタイトルは今回話す僕の写真の見方には全く関係がない。

「よくわからない」とか「建物」とかは僕の感想や見た目から受ける印象、写された対象を指す名詞や形容詞なのでこの写真に“写されたもの“についてはほとんどなにも語ってはいないので今回は無視してもらって構わない。

この時点でややこしいと思った人、安心してください。
最初にも同じようなことを言いましたが、これから先は、写真に写っていないことは何一つ言いません。

写真を見れば分かります。
全て写真の中で起こっていることについて話します。

ではまず、道路に引かれた白い斜線を見ていただこう。
左下方から右斜め上に向かって伸びる道路の白い斜線が数本ある。
この斜線がアスファルトのグレーによって途中で途切れる。
が、斜線は途切れた後に建物の柱の垂直の線に変わる。
そして柱の直線が上の方で短く途切れて四角い白い複数の面が現れる。
この白い四角の面は道路の斜線とほぼ同じ幅である。
つまり道路の白い斜線が建物の柱を伝って四角い白い面に変わる(面の集合へと成る)。
それぞれの直線的モチーフの間が少し途切れることでシナプスの跳躍伝導のように飛び飛びで白色が伝わっていく。
そして建物上部の白い面は曇り空の白を反射(反映)している。
よって下から見れば、左下から斜線が右へ向かって伸びて建物を駆け上り、白い面となって左上の空(天)へ向かって「面+線→線→面→大面」となって拡散しながら一塊の白い面となる。(図1)

図1

今度は上から見れば、左上の空の広い側の白い面が右下(建物上部)の四角い面に分裂しながら集まり、柱の線を伝って下に駆け降りてから左下の斜線(面でもある)へと拡散する。(図2)

図2


つまり、建物を機転として上下から同じ力が流れることによって画面に広く”力“が行き渡る構造になっている。

次に写真を上下に分割して、アスファルトから上の「建物・工事の区切り・空」を見てみよう。

とりあえずアスファルトを一旦無いものとしてから、横に伸びるブルーグレー色の工事の区切りと右側の建物を一つの”人工物のかたまり“としてまとめてみる。(図3)

図3

その”かたまり“の形を上下と左右に180度反転させて上に持っていくと白い空の形とほぼ同じになるのが分かると思う。
つまり上半分は空と人工物が鏡のように反響し、
”同じ(形の)もの“として完結している。(図4)(図5)

図4
図5

画面全体に働く上下の均等な力の中に、更に人工物と空の反響がある。
この際に下半分のアスファルトの”フラットな面“は上半分の空と人工物の反響を浮き立たせる”海原“になる(図6)と同時に、反響によって打ち消し合った上半分はほぼ”ゼロ“の海原化しているので、画面上部と下部で二分した場合は海原と海原の挟み撃ち(これも反響)でもある。(図7)

図6
図7

次に、この画面には植物・軽トラ・ショベルカー・電柱が写っている。

これらモチーフは一見して今まで話してきた「反響」「挟み撃ち」「均等な力」による画面の大きな部分を占める力場のダイナミズムに対して異物感があるような気がするかも知れないが、これらもまた異物を装いながら協調的な反響の力場を形成している。

まず画面左端の軽トラックは白と黒で構成されているので、ちょうど反対側画面左端にある建物から少し突き出た部分の白色とその下の影の黒に対応する。

軽トラックのフロントの“顔”を少しトリミングすれば対応する要素がもっと分かりやすく見えてくると思う。

次に画面中央の少し背の高い植物は、建物の青い窓に反射してシンメトリーを形成している。
そこから工事の分離板の上に伸びるモジャモジャ植物は画面左端の方のモジャモジャ植物に対応する。

首を垂れたショベルカーの“への字”は一見浮いているが、形だけ見れば建物の屋根の三角に対応して更に右端の突き出たくすんだ青い部分の屈折に対応している。

突き出たくすんだ青い部分は工事分離壁のくすんだ青色とも対応する。

工事分離壁の上に微かに見える電柱は”二本“で対応しているが、建物上部の突き出た二本の“ツノ”とも対応する。
しかも電柱の間にへの字のショベルカー、突起の間にへの字の屋根であり、まとまりとしても対応する。

微かに見える電線は二つの束になって左上から中央へ向かって下降し、中央から左下へ向かって伸びるアスファルトの白い車線と水鏡に映したように対応する。

目を引く建物の青い窓は柱に分割されることでそれぞれが区切られ複数になることで対応し合い、かつ上にある白い四角の”面“と一緒に下のアスファルトの区切りに対応している(まとめて図8)

図8

最初に話した画面全体のダイナミズム的な対応とは違って見えるかも知れないが、それぞれが緩やかに少しずつ対応して画面の中に収まっている。

なので、もしこの写真の中で奥行きや、はみ出る要素、言い方を変えれば”被写体“を取り上げるとするならそれはショベルカーの”黄色“であり、建物の窓に薄っすらと写っている”絵“や”模様“であり、左から二枚目の窓に位置する”エメラルドグリーン”である。(図9)

とまあ、こんな具合で画面内の力場を形成する要素とそこへ回収できないはみ出た要素の足し引きで一枚の写真をなるべく”強度の高い静止面“として構築していくのが僕の写真の見方である。

これでなんとなく伝わるような気がしている。

ChatGPTに「感想よろしく」と一言お願いしたところ、これまでにない程の長文で感想を言ってもらえたので公開してみようと思い、“一個体の知覚システムの観察”としてここに置いておきます。


息切れしたので、終わり

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僕が長らく10年以上かけて制作に没頭していた「Enchant_」シリーズは、今話したような鏡面構造や画面力学に“だけ”ひたすら焦点を絞って究極的に“写真だけが成立する写真”を目指した作品と言えるかも知れない。

それが、写真を見ることの恐怖と恍惚だと思っていた。

そしてまた、だからといってそれだけが写っているわけではないというのもまた写真の面白さであろうか。

Enchant_

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