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20年続けた飲食店を失い、50代で軽貨物ドライバーになった私が、一つの収入源に人生を預けないと決めた理由

「もし明日、あなたが長年続けてきた仕事や会社、そして唯一の収入源を突然失ったらどうしますか?」

もしそんな質問をされたら、数年前の私は「まさか、そんなことは自分に限って起こらないだろう」と笑い飛ばしていたかもしれません。

しかし、現実は容赦なく、そしてあっさりとやってきました。

はじめまして、ケンと申します。

私は現在、関西で軽バンを走らせ、企業向けのルート配送を行っている50代の現役ドライバーです。

毎日、朝から黒ナンバーのエブリイのシートに腰掛け、企業へ荷物をお届けしています。

今は1日に4〜6件ほどの配達なので、体力的にそれほどきつい仕事というわけではありません。

ただ、年のせいでしょうか、いつも体のどこかしらが痛んでいて、膝や腰にじんわりと不調を感じる日もあります。

報酬は決して多いとは言えませんが、それでも自分の手で稼いだお金が口座に振り込まれるたびに、ほっとした気持ちになります。

とはいえ、このままではマズいな、という思いも
心のどこかにずっと引っかかっているのが正直なところです。

ほんの数年前まで、私は北海道で20年間、フランチャイズ(FC)の飲食店を経営するオーナーでした。

それが、「再契約されるから大丈夫」という当初の説明が覆され、定期賃貸借契約の満了とともに店舗を退去・閉店することになりました。

長年必死に守ってきた店を失い、手元に残ったのは「1,400万円」という膨大な負債だけでした。

50代、移住、老後の不安、密かな野望。

この状態から、私はどうやって生活を立て直し、なぜ今、軽貨物ドライバーとして走りながら「ブログ」や「投資」といった別の収入の柱を作ろうとしているのか。

この記事では、私の恥ずかしい失敗も含めた本音を、淡々とお話しします。

将来の仕事やお金、自分の体力に少しでも不安を抱えている方の、何かのヒントになれば幸いです。


20年続けた飲食店と、1,400万円の負債

北海道で過ごした20年間は、飲食業一筋でした。

フランチャイズでの店舗経営に加え、後半の12年間は移動販売(キッチンカー)の事業も並行して運営していました。

毎日朝早くから仕込みをし、夜遅くまで店に立ち、どうすれば売上が上がるか、そればかり考えていました。

あと10年くらい続けたら事業を整理してゆっくりしようと思っていました。

しかし、終わりは突然訪れました。

そもそも私が結んでいたのは、本部が物件のオーナーから借り上げ、それを私に又貸しする形の契約でした。

期間は20年の「定期賃貸借契約」。

定期借家は契約期間が満了すると更新されずに終了するのが原則ですが、加盟契約を結ぶ当初、本部からは「期間が来ても再契約されるから大丈夫」と説明されていました。

その言葉を信じていたからこそ、私は20年という年月を、この店に安心して注ぎ込んできたのです。

ところが契約期間の満了が近づいたある日、その本部から、再契約はせず、契約終了に伴って立ち退き・閉店してほしいと告げられました。

物件を握っているのは本部ですから、私にはオーナーと直接交渉する術すらありません。

「再契約されるから大丈夫」
——あの言葉は、いったい何だったのか。

どうしても納得がいかなかった私は、地方の小さな弁護士事務所に相談しました。

親身になってくれた弁護士は「契約内容に突っ込める部分がある」と判断し、交渉の窓口を引き受けてくれました。

本部に「今後の交渉はすべて弁護士を通すように」と伝え、一縷の望みを託して交渉が始まりました。

ですが、現実は非情でした。

本部の後ろ盾には、日本で5本の指に入る巨大弁護士事務所がついており、徹底抗戦の構えを見せてきたのです。

規模の大きさなど関係ないと思いたかったのですが、圧倒的な組織力と専門知識の差を前に、こちらの個人弁護士はほぼなすすべがありませんでした。

隣で見ていて「これは無理だ」という雰囲気が
痛いほど伝わってきました。

結局、訴訟を起こすことすらできずに交渉は終了。

弁護士費用として最初に支払った30万円のうち、ほぼ何もできなかったということで15万円は返金されましたが、残りの15万円は「社会勉強代」として消えていきました。

フランチャイズを抜ける際、本部からはねぎらいの言葉一つありませんでした。

「二度とこのフランチャイズには関わらない」

そう心に誓ったものの、悔しさと無力感で胸が押しつぶされそうでした。

しかし、いつまでも過去のトラブルに時間とエネルギーを奪われていても、目の前の現実は1ミリも変わりません。

私はその執着を手放し、この先どう生きるかをできるだけ前向きに考えることに頭を切り替えました。

すべての荷物を運び出した店内は、がらんとして、自分の足音だけが妙に大きく響きました。

20年間、毎日この場所で火を入れてきたコンロは、何度も壊れました。

そのたびに、業者を呼ぶお金を惜しんで自分で部品を取り寄せ、だましだまし修理して使い続けてきた相棒のような存在でした。

床も同じです。
隅のほうが剥がれてくるたびに、閉店後に一人でしゃがみ込んで、貼り直してきました。

きれいな店ではなかったかもしれません。
でも、どこを見ても自分の手の跡がある店でした。

最後の夜、私は誰もいない店の真ん中に一人で立っていました。

北海道の冬の夜風は身を切るように冷たくて、明日になれば、この修理を重ねたコンロも、貼り直した床も、すべて他人の手で壊され、消えていく。

「これから、どうやって生きていけばいいんだろう」

50歳を過ぎて、人生のすべてだった店を失い、手元には1,400万円の負債だけが残っている。

声に出したわけでもないのに、その問いだけが頭の中をぐるぐると回り続けていました。

涙が出るというより、ただ体の芯から力が抜けていくような、そんな夜でした。

この窮地において、私を唯一救ってくれたのは、経営者時代に「もしもの時の退職金代わりに」と毎月細々と積み立てていた「小規模企業共済」でした。

廃業に伴って受け取った解約手当金が、当面の生活費と、負債処理を行うための貴重な原資となりました。

もしこれがなければ、私は生活を立ち上げることすらできなかったと思います。

制度の細かい税務処理や手続きについては、個別の状況によって異なりますが、もし今、個人事業主で「まだ入っていない」という方がいれば、私は強く加入をお勧めします。

あの時の共済金は、まさに私にとって命綱そのものでした。


50代・未経験から生活を立て直した「軽貨物」という選択

手元の資金を整理し、私たちは北海道を離れ、関西へ家族で移住することに決めました。

知り合いもいない土地で、ゼロからやり直すためです。

しかし、50代で自営業の職歴しか持たない人間の仕事探しは、想像以上に厳しいものでした。

一般的な転職市場において、私の年齢と経歴は「扱いづらい」というレッテルを貼られるだけでした。

履歴書を送っても、書類選考すら通らない日々が続くなかで、焦りだけが募っていきました。

そんな時、目をつけたのが「軽貨物運送」でした。

軽貨物は、年齢も学歴も関係ありません。

必要なのは普通自動車免許と、黒ナンバーを取得した軽バン(軽貨物車両)、そして「やる気」だけです。

さらに、運送会社への登録から稼働までのスピードが非常に早く、働いた分だけ確実に手元にお金が入るという「即金性」がありました。

「これしかない」

そう思った私は、飲食店時代に使っていたエブリイで一時期フードデリバリーもしており、すでに黒ナンバーを取得していたこともあって、軽貨物ドライバーを選んだのは必然だったのかもしれません。

初めてエブリイを走らせ、荷物を運んだ日のことは今でも忘れられません。

スマホのナビを見ながら配送先を探し、無事に荷物を届け終えたとき、「しばらくはこれでいけるな」と喉の奥に詰まっていた塊がすっと消えていくような感覚がありました。

もし、
「自分も軽貨物で再起を図りたい」
「黒ナンバーを自分で取得して初期費用を抑えたい」
という方がいれば、私の公式ブログ『軽貨物ノート』に、実際の登録手順や車両選び、経費計算などのリアルな情報をすべて整理しています。

良ければ参考にしてください。


「ひとつの収入源に人生を預けない」という痛烈な教訓

軽貨物ドライバーとして必死に走り続け、1年が経ち、2年が経ちました。

企業向けのルート配送をメインに行うことで、生活費はどうにか稼げるようになりました。

しかし、日々の配送作業のなかで、私の心には常にある「不安」が居座り続けていました。

それは、「もし、私が病気で倒れたらどうなるのか?」
「もし、事故を起こして車が動かなくなったらどうなるのか?」という問いです。

軽貨物という仕事は、確かに働いた分だけ稼げます。

年齢不問で、人間関係のストレスも比較的少ない、素晴らしい仕事です。

しかし、その本質は「自分の時間と体力を100%切り売りする労働」に他なりません。

自分がハンドルを握り、荷物を運ばない限り、1円の収入も生まれないのです。

夏の暑い日に、エアコンをつけていても蒸し風呂のようになる車内で何度も乗り降りを繰り返し、台車に荷物を乗せていると、「この働き方を60代、70代になっても続けられるだろうか」と、ふと我に返ることがあります。

20年続けた飲食店がある日突然消えたように、どれだけ堅実に見える仕事でも、「たったひとつの収入源」に人生を依存することは、あまりにもリスクが高すぎるのです。

「ひとつの収入源に人生を預けてはいけない」

これが、私が1,400万円の負債と引き換えに得た、最も痛烈な教訓でした。


体力を売る「軽貨物(防衛)」×仕組みを育てる「ブログ・AI(攻め)」の生存戦略

そこで私がたどり着いたのが、「軽貨物」で日々の生活費を確実に稼ぎ(生活防衛)、同時に「インターネット」を使って「走らない収入の柱」を育てるという、ハイブリッドな生存戦略です。

具体的には、朝起きた時間と軽貨物の稼働が終わった後の夜の時間や休日を利用して、ブログの運営やSNSでの発信を行っています。

「50代で今さらブログ? パソコンも苦手なのに?」
と思われるかもしれません。

実際、私はタイピングも特別早くありませんし、専門的なプログラミングやITの知識もありません。

しかし、今の時代には「AI」があります。

ChatGPTをはじめとするAIツールを、まるで優秀なアシスタントや相棒のように使いこなすことで、50代の私でも、日々の配送で疲れた体で効率的にブログ記事を書いたり、情報を整理したりすることが可能になりました。

私の現在の目標は、以下のようなステップで段階的に収入のポートフォリオを移行していくことです。

フェーズ1(現在):軽貨物の肉体労働で収入の8割を確保し、生活の土台を守る。残り2割をブログ等のネットビジネスと、新NISAでのインデックス投資(S&P500)をメインに充てる。

フェーズ2(中期):ネットビジネスと投資からの収益を増やし、軽貨物の稼働をいつ辞めてもいい状態に持っていく。(軽貨物5割、ネットビジネス4割、投資1割)。

フェーズ3(最終):体力的に「走らない未来」を確立する。ネットビジネスと投資収益のみで生活できる自立状態を作る。

具体的な取り組み内容は以下の記事にまとめています。👇👇

軽貨物を完全に辞めるわけではありません。
軽貨物は「すぐに現金化できる頼もしい砦」として残しつつ、主力をストック型のオンラインビジネスへシフトしていく。

これが、50代から始める現実的な生存戦略だと考えています。

※なお、新NISAなどの投資については、あくまで私個人の資産形成の体験談であり、特定の金融商品を推奨するものではありません。
投資を行う際は、ご自身の判断と責任において行っていただきますようお願いいたします。


このnoteで、あなたにお伝えしたいこと

これからこのnoteでは、私と同じように「将来の生き方に悩むミドル・シニア層」や「働き方を変えたいドライバー」に向けて、以下の3つのテーマを中心に、私の等身大な実践記をリアルタイムで発信していきます。

1. 軽貨物運送の生々しいリアル

「軽貨物って本当に稼げるの?」
「実際の手取りや経費はどのくらい?」
という疑問に、毎月の売上報告や、私が使っている消耗品のコスト比較(アジアンタイヤの持ち、ガソリン代の節約法など)を交えて、包み隠さずお伝えします。

2. 1,400万円の負債整理から精神的・経済的に立ち直るプロセス

廃業というどん底から、どのようにして法的・事務的な処理を行い、何より「壊れかけたメンタル」をどうやって立て直したのか。

この「人生の闇から這い上がるための羅針盤」となるようなステップとマインドセットは、現在、同じ境遇で悩む方に届くよう、詳細なnoteとして体系的に執筆を進めています(準備ができ次第、公開していきます)。

3. 50代からAIやブログを活用し、新しい収入の柱を作るリアルな実践記録

パソコンが苦手な50代ドライバーでも、AIを駆使して月数万円以上の「走らない収入」を作るための実践的な方法。

この「50代軽貨物ドライバーのための、AIを活用した超効率的メディア作成テンプレートと執筆手順」については、以下の記事を読んでみて下さい。


おわりに:50代からでも、人生は何度でも作り直せる

長々と私の昔話とこれからの話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

50代で仕事や店を失うと、世間からは「もう手遅れだ」と言われているような気がして、絶望的な気持ちになります。

あの凍えるような最後の夜、何度も修理したコンロと、自分で貼り直した床に囲まれて一人途方に暮れていた時の私も、心の底からそう信じていました。

でも、実際は違いました。

あの夜、「もう終わりだ」と思っていた自分に、今なら言ってやれます。

「終わりじゃない。あの店を20年間、自分の手で直しながら守ってきたお前なら、人生だってもう一度、自分の手で作り直せる」と。

かつての私と同じように、暗闇のなかで「どうすればいいか分からない」
と悩んでいるあなたの背中を、このnoteが少しでも押すことができれば、
これほど嬉しいことはありません。

お互い、焦らず、しかし一歩ずつ進んでいきましょう。


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「月収50万」の甘い言葉に隠された、もう一つの現実

飲食店を失った私が、次の一歩として選んだ「軽貨物ドライバー」という道。
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