この半島にはまだ「間」が温かい——島原での実践へ
夕張の話と佐久の話を書いてきた。
病院が消えても悲劇が起きなかった街と、壊れる前から80年かけて支え合いを編んできた地域。ふたつが別々の道から証明したのは同じことだった——街の健康を最後に支えるのは建物ではなく、人のつながりの巡りであると。

問いと答えは揃った。では、私の暮らすこの島原半島はどうなのか。
今回は、データの話ではない。島原に帰ってきてからの私の日々の暮らしの中にある風景の話から、始めたい。
野菜が、巡ってくる
この土地で暮らしていると、野菜をもらうことが本当に多い。
採れたてのものが玄関先に届く。こちらも何かでお返しをする。あるいは、うちで穫れたものと、よそで穫れたものが、自然に行き交う。お金を介さない小さな交換が暮らしの中に、当たり前に編み込まれている。
それだけではない。ふと気づくと、自宅のまわりが掃除されていることがある。頼んでいないのに、誰かが、ついでのように整えてくれている。頼まれごとをお願いすれば、嫌な顔ひとつせず、引き受けて、きちんと実行してくれる人がいる。
都会で暮らす人が聞いたら、少し驚くかもしれない。けれどこの半島では、これが日常なのだ。
「ともに支える」という感覚が、この土地には、まだ確かに生きている。
これは親の代の貯金だった
ただ、この温かさを受け取りながら、私は最近、気づいたことがある。
この温かさは、私に向けられたものである以上に——両親に向けられたものなのだ。

頼まなくても手を貸してくれる。無意識のように、気にかけてくれる。その自然さの奥には、私の両親が、この地域で長年やってきたことの積み重ねがある。両親が誰かを手伝い、地域の役目を引き受け、支える側に立ってきた歳月。その一つひとつが、家と家のあいだに、静かに貯まっていた。
前回までの言葉を借りれば——これは、「きずな貯金」だ。
夕張では破綻のあとに自然発生的に育った。佐久では80年かけて制度として編まれた。そしてこの島原半島では、家と家のあいだに、世代を超えて貯まっていた。親の代が積んだ貯金の温かさをいま子の代の私が、受け取っている。
母の介護を抱えて帰ってきた私が、この土地で何とかやってこられているのは、制度のおかげだけではない。この、目に見えない貯金に、支えられている。
そして、書きながら、気づいたことがある。
野菜をもらい、お返しをする。頼まれごとを引き受け、気づけば掃除をしてもらっている。親の代が支え、いま子の代が支えられている——。これは、以前書いたSHIENの核、「してもらう」と「してあげる」の交換、そのものではないか。
この半島の暮らしは、SHIENという言葉を誰も知らないまま、その交換を、無意識のうちに、ずっとやっていたのだ。

思えば、私の手も、そうだった。触診という営みの中で、言葉を知るずっと前から、皮膚の上でこの交換をしていた。——私の手にも、この土地にも、同じものが最初から流れていた。私が島原でSHIENに出会い、あんなに深く腑に落ちたのは、偶然ではなかったのかもしれない。
けれど、黙っていれば消えていく
——と、ここで話を終えられたら、どんなにいいだろう。
けれど、正直に書かなければならない。この温かい間は、放っておいて続くものではない。
野菜を届けてくれる手は、年々、歳を重ねていく。地域の役目を引き受けてきた世代は、いま、支えられる側へと移りつつある。若い世代は減り、家と家の距離は、少しずつ開いていく。両親の代が積んだ貯金を、次の世代が積み直さなければ、この巡りは、いつか止まる。
夕張は、壊れてから編み直した。佐久は、壊れる前から編み続けた。島原半島は——貯金がまだ残っているうちに、編み直せるかどうかの、瀬戸際にいる。私はそう感じている。
この地域なりの編み方
では、どう編み直すか。佐久の80年をいまからそのままなぞることはできない。この半島には、この半島の編み方があるはずだ。
私が考えている方向は、こうだ。
聴き合いの場を、健康づくりの入口に。 専門家が正解を配る教室ではなく、住民同士が悩みを聴き合い、「してもらう」と「してあげる」が交換される小さな場。私がSHIENの相談会で体験した、あの「間から答えが立ち上がる」場を、半島のあちこちに。佐久の保健補導員が証明した通り、健康の担い手は、専門職ではなく暮らしの中の人でいい。

土地の力を、巡りにつなぐ。 湧き水を汲みに行く日常。三つの泉質をめぐる温泉。山と海と畑の食。以前書いた「最後まで自分の足で歩く」ための土台は、この土地にすでにある。それを、一人で使う健康法ではなく、人と人が出会う口実に変えていく。湯に一緒に浸かる。野菜を交換する。——この半島では、健康づくりとつながりづくりを、分ける必要がないのだ。
間をつなぐ人がいる。 三つの市、医療と介護、専門職と住民、その間を行き来して、こぼれるものを拾い、結び直す誰か。私がTerra Wellnessでなりたいのは、その結合組織だ。

大きな建物は要らない。夕張と佐久が教えてくれた通り、要るのは巡りであって、器ではない。
三部作の結びに
夕張が問いをくれた。あなたの街は、何が健康を支えていますかと。
佐久が答えをくれた。支え合いの巡りを暮らしの中に編むことだと。
そして島原半島には、その巡りの種火が——親の代が積んでくれた温かい間が——まだ、残っている。
消える前に編み直す。受け取ってきた貯金を、今度は私たちの代が積み直す。玄関先の野菜から、湯けむりの立ち話から、聴き合いのちいさな場から。

実践は、ここから始める。
