明日は6月初め。厚生労働省のメタバース案件に入る
気が付けば、もう6月だ。
ここ数か月、本当にいろいろなことがあった。
会社のこと。
いくつか立ち上げた新規事業のこと。
NPOのこと。
家族のこと。
仲間のこと。
そして、自分自身のこと。
正直に言えば、心身ともに楽な日々ではなかった。
それでも私は立ち止まらなかった。
なぜなら、私には守りたい人がいるからだ。
家族がいる。
仲間がいる。
支援を必要としている人がいる。
そして何より、私は「生きづらさを抱えた人を少しでも減らしたい」という想いで、これまでITと向き合ってきた。
そんな中で明日から始まるのが、厚生労働省関連のメタバース案件である。
官公庁案件と聞くと、多くの人は身構えるかもしれない。
実際、私も緊張していないと言えば嘘になる。
日本という国の制度や支援の一端を担う人たちと関わるのだから、責任は小さくない。
しかし同時に、私は必要以上に恐れてもいない。
なぜなら、私もまた人生をかけて仕事をしているからだ。
立場や肩書きがどうであれ、本当に大切なのは目の前の課題を解決することだと思っている。
私は昔から、社内政治や権威にはあまり興味がない。
興味があるのは利用者だ。
そのサービスを使う人が本当に助かるのか。
その仕組みは現場で機能するのか。
その技術選定に意味はあるのか。
その予算の使い方は妥当なのか。
そこにしか関心がない。
だから私は、必要だと思ったことは遠慮なく提言するつもりだ。
もちろん礼節は守る。
しかし、利用者の利益よりも慣習が優先されるのであれば、私は黙って従うつもりはない。
特に今回のテーマは、ひきこもり支援だ。
これは私にとって決して他人事ではない。
私はこれまで、ひきこもり支援団体や福祉の現場に関わり、多くの人の声を聞いてきた。
孤独。
不安。
自己否定。
社会との断絶。
その苦しみを完全に理解できるとは言わない。
だが、少なくとも想像の中だけで語るつもりはない。
現場を見てきた。
悩んでいる人たちと話してきた。
だからこそ思う。
メタバースは魔法ではない。
VRゴーグルを被れば人生が変わるわけでもない。
アバターを作れば孤独が消えるわけでもない。
しかし、誰かが社会との接点を取り戻すための「最初の一歩」にはなり得る。
家から出られなくても。
人と目を合わせられなくても。
名前を名乗れなくても。
それでも誰かと繋がることができる。
その可能性を私は信じている。
だから今回の案件も、単なる技術開発としては見ていない。
私はエンジニアだ。
技術は好きだ。
AIも好きだ。
メタバースやクラウドも好きだ。
だが、本当に好きなのは、その先にいる人間だ。
技術は目的ではない。
誰かを助けるための手段である。
その原点だけは忘れたくない。
明日から始まる新しい挑戦。
相手が大企業であろうと官公庁であろうと、私のやることは変わらない。
現場を見る。
課題を見る。
人を見る。
そして、必要なことを言う。
遠慮はしない。
しかし驕りもしない。
利用者のためになるなら全力を尽くす。
それだけだ。
ひきこもり支援も、メタバースも、まだまだ発展途上の分野だ。
だからこそ挑戦する価値がある。
明日からまた新しい一歩が始まる。
覚悟はできている。
私は技術者として、そして一人の人間として、この仕事に向き合う。
救える人を、一人でも多く救うために。
