スカーレット・オハラは強い女性だったのか?――『風と共に去りぬ』第2回、失われた世界にしがみつく心
前回は、映画『風と共に去りぬ』を、名作映画としての魅力と、南部の記憶を美しく描きすぎる危うさの両面から考えました。
この映画は、壮大な映像、忘れがたい音楽、スカーレット・オハラという強烈な主人公によって、今も多くの人の記憶に残っています。
一方で、この作品は、奴隷制や黒人の描き方に大きな問題を抱えています。スミソニアン国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館も、『風と共に去りぬ』が奴隷にされた人々を、現実とは異なる「忠実で幸せな使用人」のように描いたと指摘しています。
だからこそ、この映画を今見るときには、ただ「懐かしい名作」として楽しむだけでは足りません。
今回は、第2回として、物語の中心人物であるスカーレット・オハラに焦点を当てます。
彼女は本当に「強い女性」だったのでしょうか。
それとも、失われた世界にしがみつき続けた、危うい人物だったのでしょうか。
この問いは、50代・60代の私たちにも意外なほど深くつながっています。
なぜなら、人生後半には、誰もが一度は「もう戻れない過去」と向き合うからです。
1.こんな人におすすめ
この記事は、次のような方におすすめです。
『風と共に去りぬ』を昔見たことがあり、今の年齢でもう一度見直したい人
スカーレット・オハラの生き方に、魅力と違和感の両方を感じる人
人生後半に、過去への未練や執着とどう向き合うか考えている人
映画を通して、アメリカ南部の歴史や価値観を学び直したい人
2.この映画から学べること
『風と共に去りぬ』第2回として、今回考えたいのは、スカーレットの「強さ」の中身です。
この映画からは、次のようなことを学べます。
生き抜く力と、他人を傷つける強引さは違うこと
過去を大切にすることと、過去にしがみつくことは違うこと
「明日を信じる力」は、現実逃避にも希望にもなりうること
人生後半の再出発には、失ったものを認める勇気が必要であること
スカーレットは、たしかに強い女性です。
しかし、その強さは、単純に見習えばよいものではありません。
彼女の生き方には、私たちが学べる部分と、注意すべき部分の両方があります。
3.『風と共に去りぬ』とスカーレット・オハラ
『風と共に去りぬ』は、マーガレット・ミッチェルが1936年に発表した小説を原作とし、1939年に映画化された作品です。物語は、南北戦争とその後の再建期のアメリカ南部を背景にしています。前回記事でも確認したように、映画はジョージア州の大農園に生まれたスカーレット・オハラの人生を中心に描いています。
スカーレットは、美しく、誇り高く、負けず嫌いな女性です。
彼女は、周囲から愛されたいと強く願います。
欲しいものは、何としても手に入れようとします。
たとえ周囲を振り回しても、自分の目的に向かって突き進みます。
若い頃に見ると、その姿はとても魅力的に映ります。
困難に負けない。
泣いても立ち上がる。
自分の運命を自分で切り開こうとする。
しかし、年齢を重ねてから見ると、別の面も見えてきます。
スカーレットは、他人の気持ちを十分に見ようとしません。
レット・バトラーの愛にも、メラニーの優しさにも、なかなか気づきません。
そして、自分が失ったものの本当の意味にも、最後まで気づくのが遅すぎたように見えます。
ここに、この人物の面白さと怖さがあります。
スカーレットは、強い。
けれども、その強さは、必ずしも人を幸せにする強さではないのです。
4.ポイント① スカーレットの強さは「生き抜く力」だった
まず、スカーレットの強さを否定することはできません。
南北戦争によって、彼女の暮らしは大きく変わります。
豊かな農園生活は失われます。
家族を守らなければならなくなります。
食べるものにも困ります。
それまで自分を支えていた価値観が崩れていきます。
その中で、スカーレットは何度も立ち上がります。
彼女は、きれいごとだけでは生きていけない現実を知ります。
必要なら泥にまみれます。
恥も外聞も捨てます。
家族と土地を守るために、必死に行動します。
この点では、スカーレットは間違いなく「生き抜く人」です。
人生後半の人にも、この感覚はわかるのではないでしょうか。
若い頃に思い描いていた人生と、現実の人生は違うことがあります。
仕事で思うようにいかなかった。
家族関係で悩んだ。
転職や退職で、自分の居場所がわからなくなった。
体力や健康に不安を感じるようになった。
そんなとき、必要なのは、きれいな理想論だけではありません。
今日を何とか乗り切る力。
もう一度立ち上がる力。
失ったものがあっても、次の一歩を探す力。
スカーレットの強さは、そこにあります。
ただし、ここで大切なのは、彼女を無条件に理想化しないことです。
生き抜く力は大切です。
しかし、生き抜くために誰かを傷つけてもよいわけではありません。
スカーレットの姿は、希望であると同時に、警告でもあるのです。
5.ポイント② 「タラ」は故郷であり、執着の象徴でもある
『風と共に去りぬ』で重要な場所が、スカーレットの故郷である大農園タラです。
タラは、彼女にとって単なる土地ではありません。
家族の記憶です。
誇りです。
自分が何者であるかを支える場所です。
戦争によってすべてが崩れていく中で、スカーレットはタラにしがみつきます。
ここには、よくわかる感情があります。
人は、人生が不安定になると、自分を支えてくれるものを求めます。
故郷。
家。
肩書き。
過去の成功。
家族の思い出。
若い頃の自分。
そうしたものは、私たちを支えてくれます。
しかし、同時に、私たちを縛ることもあります。
スカーレットにとって、タラは生きる力の源でした。
けれども、タラにしがみつくことは、過去の南部社会にしがみつくことでもありました。
ここで、この映画の歴史的な問題が浮かび上がります。
映画が美しく描く南部の農園社会は、奴隷制の上に成り立っていました。スミソニアン国立アメリカ歴史博物館は、『風と共に去りぬ』が黒人を白人に従属する存在として描き、再建期についての誤った見方を広めたと指摘しています。
つまり、タラは美しい故郷であると同時に、見えにくくされた歴史を抱えた場所でもあります。
私たちが地域の歴史を語るときも、同じことが起こります。
美しい建物。
懐かしい町並み。
誇らしい郷土史。
それらを大切にすることは必要です。
しかし、その背後にある労働、貧しさ、差別、移動してきた人々の記憶を忘れてしまうと、歴史は一面的になります。
スカーレットがタラにしがみついたように、私たちも過去の美しい部分だけにしがみついていないか。
この映画は、そんな問いを投げかけているように感じます。
6.ポイント③ 「明日は明日の風が吹く」は希望か、先送りか
『風と共に去りぬ』で最も有名な言葉の一つが、
「明日は明日の風が吹く」
という言葉です。
英語では、“Tomorrow is another day.” です。
この言葉は、スカーレットのたくましさを象徴しています。
どれほど傷ついても、今日すべてを解決できなくても、明日また考えればいい。
この感覚には、救われるものがあります。
人生には、今日すぐに答えが出ない問題があります。
家族のこと。
仕事のこと。
老後のお金のこと。
健康のこと。
これから自分が何をして生きるのかということ。
そんなとき、「今日できることをやって、明日また考える」という姿勢は、とても大切です。
ただし、この言葉にはもう一つの面もあります。
それは、向き合うべきことを先送りしてしまう危うさです。
スカーレットは、レットの愛に気づくのが遅すぎました。
メラニーの優しさにも、十分に気づいていませんでした。
自分が本当に求めていたものにも、なかなか向き合えませんでした。
「明日考えよう」は、希望にもなります。
しかし、ときには現実から目をそらす言葉にもなります。
ここが、人生後半の私たちにも響くところです。
まだ大丈夫。
そのうちやろう。
定年後に考えよう。
落ち着いたら始めよう。
そう思っているうちに、時間は過ぎていきます。
もちろん、焦る必要はありません。
しかし、本当に大切なことは、今日少しだけでも向き合ったほうがいい。
『風と共に去りぬ』の最後の言葉は、希望の言葉であると同時に、私たちへの問いでもあると思います。
あなたは、明日に希望を託していますか。
それとも、今日向き合うべきことを明日に先送りしていますか。
7.Kemmotsu's View
私が今回、スカーレット・オハラについて考えながら感じたのは、「強さ」と「執着」はとても近い場所にあるということです。
私自身も、これまでの人生で何度か、自分の立ち位置を失ったように感じたことがあります。
会社員としてのキャリア。
家業に関わった時間。
その後の転職。
函館・道南に移ってからの地域活動。
街歩きガイドやサイクルツーリズムへの挑戦。
振り返ると、「あのとき、もっと別の選択ができたのではないか」と思うこともあります。
一方で、過去の経験があるからこそ、今の自分があります。
英語を学び直していること。
通訳案内士を目指していること。
函館や道南の歴史を、観光やサイクリングと結びつけて伝えようとしていること。
これらは、過去を捨てたから始まったのではありません。
過去を抱えたまま、それを別の形で使い直そうとしているのだと思います。
ただし、ここで気をつけたいことがあります。
過去を生かすことと、過去にしがみつくことは違います。
スカーレットは、タラを守ろうとしました。
その姿には、たしかに学ぶものがあります。
しかし、彼女は失われた世界の問題点を十分に見つめることができませんでした。
私も、地域の歴史を語るとき、自分の経験を語るとき、都合のよい部分だけを美しく語っていないかと考えます。
街歩きガイドとして、観光客に楽しい時間を過ごしてもらうことは大切です。
けれども、それだけではなく、歴史の中で見えにくくなっている人々の声にも目を向けたい。
港町を支えた人。
移り住んできた人。
時代の変化に翻弄された人。
名も残らないまま、地域をつくってきた人。
そうした人々の存在を、少しでも伝えられるガイドになりたいと思います。
スカーレットの言葉を借りれば、たしかに「明日は明日の風が吹く」のかもしれません。
でも、私にとって大切なのは、明日に逃げることではありません。
今日の自分が、過去をどう受け止め、これから何に変えていくのか。
還暦を迎えた今も、その問いの途中にいます。
8.まとめ:今日からできるアクション
今回は、『風と共に去りぬ』第2回として、スカーレット・オハラの生き方を中心に考えました。
スカーレットは、たしかに強い女性です。
戦争によって生活が崩れても、彼女は生きることをあきらめません。
タラという故郷を守ろうとします。
最後には、「明日は明日の風が吹く」と言って、もう一度立ち上がろうとします。
しかし、その強さには危うさもあります。
彼女は、他人の思いに気づくのが遅すぎました。
過去の世界にしがみつきました。
本当に向き合うべきものを、先送りしてしまったようにも見えます。
だからこそ、スカーレットは今も私たちの心に残るのだと思います。
完全な理想像ではない。
むしろ欠点だらけです。
でも、その欠点の中に、人間らしさがあります。
今日からできることは、まず一つ、自分が「大切にしている過去」を書き出してみることです。
それは、仕事かもしれません。
家族かもしれません。
故郷かもしれません。
若い頃の夢かもしれません。
次に、その過去が今の自分を支えているのか、それとも縛っているのかを考えてみる。
そして、過去をそのまま抱え込むのではなく、これからの学びや活動にどう使い直せるかを考えてみる。
人生後半の学び直しは、まったく新しい自分になることだけではありません。
これまでの経験を、もう一度見つめ直し、別の形で生かしていくことでもあります。
スカーレットのように、明日を信じる力は持ちたい。
でも、今日向き合うべきことからは逃げない。
そのバランスを探すことが、人生後半の私たちにとって、大切な再出発なのかもしれません。
