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光るもの

並んで待つ
その時間のため
忙しさをかき分けて
ほんの少し作り出す


最近の音楽はスカパラ(毎日、好きなアーティストの曲を順番に聴いている)。今読んでいる尾崎世界観(さん)の日記本に、ちょうどタイミングよくスカパラの加藤さんが出てきた。そしてスカパラからは尾崎世界観(さん)とのコラボ曲。好きなものと好きなものがタイミングよくつながる、うれしくなる。

小さな頃、塗り絵に夢中だった。
色鉛筆は山吹色ばかりがどんどん減っていった。かわいい女の子のドレスやリボンに色を塗って、塗り終えると必ず、イスに座ってビールを飲む父に見せに行った。母はいつも忙しそうだったから、いつも父のところへ。
見せると必ずコメントをくれた。そのコメントをいつも期待を込めて読むのだけど、「ここがはみ出しているね」「もう少しはみ出さないように」と書かれていて、それを読んではがっかりして泣きそうになり、また何度も新しいページを色鉛筆で丁寧に丁寧に塗った。
色を塗るのが楽しくて塗っていたのだけど、褒めてほしくて何度も塗っては見せに行った。たった1度だけ「上手に塗れました」とシンデレラの塗り絵に花丸をもらったことがあった。何度も何度も見直してはうれしくなっていた。

そんな風に小さな頃の私は、褒めてほしくて、認めてほしくて、いい子になろうと頑張っていた。怒られないように、注意されないように、ダメなところを直すように、いい子にならなくちゃともがいていた。
今はもう、いい子になろうとなんてしていない、と思う。ダメなところを直したいなとは思っているけど、なかなか直すのがむずかしいところもあるなと思っているし、これはもうしょうがないのかもしれないなとも思っている。いろいろな気持ちを通って、小さな頃よりは自分で自分のことを少しは認められるようになったのかもしれない。

「あさイチ」で西加奈子さんの話す言葉ひとつひとつが、とても濃厚で胸の奥深くに刺さった。西加奈子さんにとっての書くこと、自分の核でもある書くことが出来なくなった時に自分自身のことを愛せるか、書けなくなっても愛せるように模索してるというようなことを話されていた。

「北欧、暮らしの道具店」の記事の中で、寝たきりで体を動かすこともむずかしくなった方が書かれた日記が紹介されていた。寝たきりのベッドから感じる日々の移り変わりを、色鮮やかにとらえた短い日記。体を動かすことが出来なくても、周りの小さな変化にこんなにも心は光ったり揺れたりするんだなぁと思った。

今私が毎日を過ごす中で大事にしてること。本を読んだり、文章を書いたり、音楽を聴いたり、車を運転したり……。そんないくつかのことが出来なくなった時に、そんな風に毎日を楽しく過ごせるかな、と思うけれど、わからない。想像も出来ない。

本を読めなくなったら、心の中に残った文章や物語を思い出して楽しむことが出来るだろうか。文字が書けなくなったり見えなくなったら、気持ちの整理はどうすればいいのか。音楽が聴こえなくなったら、心の中で音楽を鳴らして今と同じように楽しめるのか。運転できなくなったら、体が動かなくなったら、動けないままに周りの小さな変化を色鮮やかに見つめることが出来るのかなぁと。

誰かに認めてもらえなくても、自分を支える日々の何かがなくなっても、今の私のままで前を向いて立っていられるかな。これまでの日々の積み重ねが支えてくれるんだろうか。

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