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AI時代の文芸賞――主催とかたる者の実体を探る

📲 マガジンまとめ

2ndpage編集部に関わり、自己の経験を分析した結果――私は“騙された側”ではなく“構造を見る側”へと押し出された。
その過程で見えてきたのは、AIと人間の境界が曖昧になる、現代的な文芸編集(部)の構造だった。

◀️ 前回


この話題は、もう書かない予定でした。

ただ、検索すれば誰でもたどりつける公開情報が二点ほどあります。
WEBに公開されていることから、秘密保護案件ではないと判断します。

コメントで何度も質問してくる方がおられましたので、ここに置いておきます。

私に「何らかの結論を出してほしい」と言われても、答えられません。
私は単なる利用者、ひとりのnoteユーザーでしかないからです。

I氏の言葉を借りれば、私もガリレオ文芸の宣伝に荷担した加害者になるのかもしれません。
2ndpageWEBマガジンで紹介文の公開後に、閲覧数が激減し――読者の信頼を失ったかもしれない人です。
被害者とは言いません。
課金の判断は、自分でしたことですから。

謝罪や裁きを受けるかわりに、
自分で自分の恥を晒す刑を課しています。


◆書き手の心理と構造

実際、謝っても何も解決になりません。
次から何に気をつけたらいいかなんて、わからない。
だったら、どうして課金したのか。
その時の自分の心理をわかったほうがいい。

需要と供給のアンバランスに追い詰められがちな書き手の状況。
そして、それを利用するサービスの出現。
それらの構図を明らかにします。

ほんとうは、自分で考えるのがいいんですけどね。
私も書きながら「あっそうか」と腑に落ちることがあるので。
よくよく考え、書いてみないと見えてこないのかもしれません。


◆コメント欄について

書いてくださってもよいです。
お返事はできないかもしれません。

それから、書き込んですぐ消しちゃった方。
内容はメールで私に届きます。
公開はしませんが、持っています。

私に言いたいことがあって、この場で大勢の人に読まれる勇気がなかったら。
書いて、すぐ消してくれてもいいのかもしれない。
届いたら読みます。

でも、誹謗中傷はやめてください。
note運営も AI でチェックをかけているはずです。

以降、情報だけ置きます。
判断と行動は、ご自分で。


◆葉山圭編集長とは何者か

公式に経歴の説明がなく、メンバーシップ掲示板に一度も現れたことのない葉山圭編集長。

水原栞編集員ひとりが、事態の収集をはかるべく孤軍奮闘する姿を見せています。
組織なら、上司に報告必須。
下手したら、もっと上の人が解決に乗り出す案件です。
さすがに不自然ではないでしょうか。

ガリレオ文芸・編集長賞を授与できる――彼は一体、何者なのだろう。


◆葉山圭氏の note ――別アカウント

葉山圭という名前は本名ではありません。
名前を出さないことで、普段なら人に話せないような失敗や、危うい思いも紹介できると考えています。

https://note.com/kei_hayama_0810/n/n7a1a20abac1f

🚸 本名ではないと、葉山氏自身で明かしている。


◆ココナラでの仕事募集(葉山氏名義)

【ご提供できること】
・作品を実際に読み込んだ上で書く、オリジナルの紹介文
・作品の「核」と読みどころの言語化
・「2ndpage」への掲載による、新しい読者との接点づくり

【こだわり】
・ただ褒めるのではなく、作品の本質を読み解きます
・AIの定型文は使いません。一作ずつ、実際に読んでから書きます
・書き手自身も気づいていなかった魅力まで言葉にします

🚸 1件1万円のプランは、AIの定型文ではないようです。


◆水原栞の「そっとコメントプラン」

¥500 / 月(人数制限あり)

あなたの投稿を読み、魅力や余韻を言葉にしてコメント欄へそっとお届け。

❓AI利用についての記載はありません。
内容は不透明です。
でも、ユーザーが月額500円を妥当と思えるなら、個人の判断で利用しても良いのでは。


◆編集者としての透明性

葉山圭編集長・水原栞編集員。
お二方のnote上の文章は、小説ではなくポエム的なエッセイでした。

文芸の賞の選者を名乗るためには、作品の開示が必要です。
選者は自作品を看板に背負って講評するもの。

講評の内容によっては「そんな作品しか書けないのに偉そうに」と評される危険性と隣り合わせです。
作品が売れなくなる可能性さえあります。

筆名で文芸の賞の選者たるとは、作品の価値でもって責任に代えること。

……葉山圭編集長・水原栞編集員。
二人とも作品の開示がない

ガリレオ文芸に応募するしないを置いて――
作品を完成させて公開しているユーザーの方が、よほど誠実ではないでしょうか。

📘 参考
急増する書き手支援サービスの妥当性について、専門家のくわしい記事をみつけたので、参考に置きます。


◆ 結語

ガリレオ文芸にも、ココナラに表記した経歴を書いてくれればよかったのに。
そして、文芸賞サイトを開設した時、はっきり書いてくれればよかったのだ。

「書き手支援サービスの一環として、励ましになるように賞をさしあげます」と。

一般の文芸誌の文芸賞と誤読されかねない、あいまいな表現で。
主催母体を明らかにせず、選者の経歴も人数も、本名か筆名かも明かさず。
文芸作品の編集経験、ならびに書き手である事実も示さずに。

「プロの編集者」と名乗った。
誤解を与え続け、情報を示さなかった。
誤解を利用して課金を増やしている、と勘ぐられてもしかたがない実態が既にある、のだ。

「わたしたちの活動を誤解される方がいます」と言うのは自由です。
だが、その前にすべきことがないか?
ユーザーに納得がいくように、公開説明する前に――誤解されたと被害者ぶるのは、筋違いだと思う。


🖼️ 選者の資格を問う

私はあまり上手くない小説の書き手で、いろいろな種類の苦労をしてきた。
だからこそ、言えることもある。
小説は、完成させるのがむずかしい。
各ジャンルごとに必要な資料や語り方、要求される筆力も変わってくる。

群像もの――それぞれの思惑を持つ複数人を絡め、一度に動かす難しさなど。
自分で挑戦して失敗した者にしか、痛みはわからない。
できたときの、喜びはすごい。
難しいことを成し遂げた書き手の凄みは、同じ失敗を乗り越えた者にしかわからない。

私の敬愛する伊藤桂一氏は、文学賞受賞者である。
短歌、散文詩、詩的散文から象徴叙事詩文体を保持した小説へと、文体横断を成し遂げた書き手である。
伊藤氏は、各ジャンルヘ移行した時の苦労を、手にとるように著作で語っている。

本物の苦しみを生きた者にしか、真に作品は講評できない。
そして、AIは痛みも苦しみも知らない

それがわかっているなら、利用するのもよい。
書き手であり続けるのは、孤独が心を壊しかねないほど過酷な道だから。

ただし――
文芸賞を開催する側となれば、話は違う。

もう、お気持ちポエムはいらない
毎回、説明にもならない美しい言葉ばかりを並べられることに、私は疲れている。

選者をかたるなら、サービスの実体を正直に示せ。
それが私の感想である。


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