悲しみとの向き合い方
悲しみとの向き合い方は人それぞれだ。
特に大切な人を失ったあとは、毎日悲しみに暮れて何も手につかない人や、中にはショックで寝込んでしまう人もいるだろう。
逆に、悲しみをほとんど見せないうちの夫のような人もいる。息子が亡くなった後も、悲しくないはずはないのに一度も涙を見せることなく気丈にふるまい、自治会の役員をしているので大勢で集まったり飲み会にも普通に行って、普段どおりに過ごしていた。
私は息子を亡くして以来、ずっと喪中が続いているような感じがして、普通にしていても突然涙がこぼれることもあるし、大勢で集まったり飲み会に行ったり賑やかなことはしたくなくなった。だが、仕事だけは続けてきた。
当初は仕事なんてできる心境ではなかったのだが、社会人たるもの、悲しいからといって、いつまでも仕事を休むわけにはいかない。
教員を辞めていたのがせめてもの救いだった。誰にも会わずにできるフリーランスだから、涙がこぼれたって人目を気にせずにすむ。
だが、息子の葬儀が終わってまもなくきたのは、こともあろうに『ビートルジュース2』の特典映像、コメンタリーであった。
コメディなんて観る心境じゃないのに…しかも、死後の世界のコメディだ。どうしようかと思ったが、やっぱり好きな仕事だし、何かやっているほうが気がまぎれるだろうと思い、引き受けた。
結果、仕事は楽しかったし、涙がこぼれるどころか映像を観てくすっと笑ってしまう自分がいた。
その後も、キネコ国際映画祭があり、『モナ ~特別な少女の挑戦~』を字幕担当したので、開催式にご招待され、晴れがましくレッドカーペットを歩いたり、その作品が賞を取って「おめでとう」と言われたり、気持ちとは裏腹に仕事面では恵まれた。
息子のことだけを想い、静かに何もせず過ごす時間がほとんどなかったし、ご飯も普通に食べられたし、何だかずっと息子に申し訳なく、後ろめたい気がしていた。
自分の中では、悲しみともやもやがずっと続いていて、心の整理がつかないまま最初の1年間を過ごしてしまったが、ようやく昨年の夏、江原啓之さんの本に辿り着いて救われた。そのことは以前、noteにも書いた。
人は、この世での生が終わり肉体が果てても、たましいは元の世界に帰っていくだけ。それは、舞台での役割が終わって、自分の元の生活に戻るのと似ている。
現世での経験と学びを終え、痛みや苦しみからも解放されて争いごとのない平和な世界に帰ったのだし、私たちも死んだらたましいの世界に帰って、また生前大切に思っていた人たちやペットとは会えるのだ。
だから、悲しいのは人として当然であるが、いつまでも悲しみだけを引きずるのは自己憐憫であって、早く今までどおりの生活に戻って、笑ったり美味しいものを食べたりして楽しんでいいし、やるべきことややりたいことをやっていいのだ。残された人が罪悪感を感じることはない。
というようなことを学び、やっと心が軽くなったのだった。
このことを信じるか信じないかは人それぞれでいいと思うが、私は信じることで救われた。
今回コータが死んでしまった後も、悲しみと向き合うために江原さんの本を読み返した。
悲しいし寂しいけれど、徐々に衰えて苦しそうな状態を脱して最期は穏やかに逝ったし、家族で看取ることができたし、あの子は天寿をまっとうして幸せな一生を送れたのだと思えた。
生前、ペットが使っていたものも、いつまでもそのままにしておくとお互いに執着が生まれる。もちろん、もうたましいになっているので「成仏できない」とかそういうことではないが、早いうちに次のペットちゃんに使ってもらうか処分してしまいましょう、とあった。
残しておくと、いつまで経っても踏ん切りはつかないし、むしろ処分しにくくなると思うので、コータの物もすでに夫に片づけてもらった。
この週末、家に戻った時、いつも玄関に迎えに来てくれたコータの姿がなく、あの子のケージもベッドもなくなっていて、それはとても寂しかったが、どこかで踏ん切りをつけて前に進んでいくしかないのだ。
ムリでも笑う。
類は友を呼ぶという波長の法則があります。良い眠りにしたいなら良い波長を自らで生み出しましょう。
すぐにできるのは笑うことです。前向きな気持ちになれないなら、ムリにでも笑ってください。
バカバカしいことで笑えるのは、生きる力がある証拠です。
その生きる力が良き波長を生み、あの世の人にも届きます。良き波長は良き眠りを誘い、夢の中であの世の人と良き再会が果たせるのです。
息子が亡くなったあと、『ビートルジュース2』の仕事を振られたのは天の采配だったのかもしれない。あれで笑えたのは不謹慎ではなかったと思えて少し心が穏やかになった。
江原さんはまた、「供養太りでいいじゃない」とも言ってくれている。
悲しみで食が細って痩せるということがなかったのも、私にとって罪悪感を感じる一因であったが、元気に食べられるのはいいことだ。なぜなら「あの世の人は、あなたにこの世での寿命を最後までまっとうしてほしいと願っている」からだ(江原敬之著『大切な人を失った時に』より)
そう、泣くとお腹が空くのだ。
だから、また私は日常に戻って仕事に励み、美味しいものを食べ、来月からはまたボイトレに精を出し、下手な歌を歌って自分で笑い飛ばそう。
そして、この世を去った大好きな人たちのことを想いながら、時々泣いて、また食べて仕事して歌って笑う。そうやって生きていこうと思っている。
