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【考察:舞台を降りても、格は落とさない ―― 白拍子・祇王と「プロの矜持」】


白拍子祇王

1. 降臨した「プロのお姉さん」との対話
世間が黄金週間に沸く中、私は資料作成と、そして「彼女」との対話に明け暮れています。
私が筑前琵琶の曲として書き上げた『祇王』。
一般的に『平家物語』で語られる彼女は、平清盛公の寵愛を失い、仏御前に座を譲って館を追われる「悲劇的でか弱い女性」です。
しかし、作詞の際、実際にご本人を「降臨」させてインタビュー形式で打ち合わせをした時、そこに現れたのは想像とは正反対の姿でした。
情熱的で、妖艶で、強か。
何より、自分の芸に一切の妥協を許さない「プロのお姉さん」としての、圧倒的な気迫。
その協力的な姿勢により、歌詞は驚くべきスピードで産み落とされましたが、そこに込められたのは弱々しい嘆きではなく、剥き出しの「意志」でした。
2. ロックで、誤魔化しの効かない「音」の正体
師匠がつけてくださった曲調もまた、古典の枠を超えた「ロックで現代的」なものでした。
特に、重厚なトレモロ(撥による連打)は、他の曲で見られるような「自然現象」を模した軽やかなものとは一線を画しています。
それは、芸を極めた白拍子の情熱が凝縮された、文字通り「重たい」音。
いい加減な演奏をすれば、その瞬間に響きが死ぬ。
「なぜ、これほどまでに難しいものを……」と頭を抱える日もありますが、今なら分かります。
祇王は、私だけでなく作曲した先生の元へも現れ、その「真実の姿」を突きつけたのでしょう。
3. 格を落とさない、という意地と張り
なぜ彼女は、これほどまでに難解で情熱的な曲調を求めたのか。
それは、彼女が「捨てられた哀れな女」として歴史に刻まれることを、プロとして拒んだからではないでしょうか。
白拍子としての仕事に対する凄まじいまでの誇り。
たとえ剃髪し、華やかな舞台を降りたとしても、自分という「個」の品格は一寸たりとも落とさない。
その凄絶なまでの「意地と張り」を、彼女は琵琶の旋律に託したかったのだと感じます。
4. 継承される「黄金の誇り」
弾き込むほどに、彼女の「ビシバシ」とした指導が、指先を通じて伝わってきます。
それは、現代を生きる私に対する「あなたもプロとして、自分の格を落とさずに生きなさい」という激励のようでもあります。
悲劇に浸る暇があるなら、芸を磨け。
格を落とすくらいなら、潔く次へ進め。
その黄金の教えを胸に、私はこれからもこの『祇王』を、そして自分自身の道を精進し続けます。

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