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掌編小説『人生主演女優のお通りだ!』作 あやとり

 誰だって、自分の人生の主役になれる。これが私の座右の銘だ。
 私の名前は橋本結衣。
 毎朝メイクをばっちり決めて、服装も嫌みのないオフィスカジュアルに身を包み、髪型も職場で浮かない程度に美しく整える。そして姿見で自分の恰好をしっかりとチェックして、最後に笑顔を作って。

「……よし! 今日も大丈夫!」

 私は家を出て、職場へと足を運ぶ。道中がレッドカーペットかのように、堂々と歩く。

 さあ、人生主演女優のお通りだ。

 そしてステージである職場では、常に笑顔を絶やさず仕事をこなし、周囲の状況にも目を配る。
 近くで、異性の同僚が書類の束を落とした。私はすかさず駆け寄って、同僚と一緒に書類をかき集める。

「ありがとう~橋本さん、助かった!」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」

 私はすっかり馴染んだ微笑みを返しながらデスクに戻る。
 仕事をしていると、同性の同僚が困ったように声をかけてきた。

「ごめん~橋本さん~! ちょっと今立て込んでて……。この仕事、代わりに引き受けてくれない?」
「ちょっと内容見ますね……」

 渡された資料を見る。……正直、手間のかかる仕事だった。でも、まあ、これくらいなら引き受けてもいいだろう。

「……いいですよ、引き受けます! お忙しいんですね、ご無理なさらないでくださいね」
「うわ~、橋本さんありがとう~! すごく助かる! お願いしま~す!」

 そう言って同性の同僚は去っていく。
 
 ……仕事、増えたな。

 内心そう思いながら、私は増えた仕事を片付けるべく、目の前のパソコンに向かうのだった。
 
 そして、舞台袖である自宅に帰って。
 私は速攻で整えていた髪の毛をほどき、メイクが崩れるとかそういったことを気にする余裕もないまま、ベッドに倒れ込む。

「…………つかれた」

 一日笑顔を貼りつけていたから、もう表情筋はほとんど動かせなかった。体は脱力しきっている。シャワーに行くのも一苦労だ。
 これが私の日常。外では女優として演技をし、帰ってきて役を降りたら……この状態。体力が、心がすり減っていくのを感じる。でも止められない。……ちゃんとした自分じゃないと受け入れてもらえないって、今まで生きて学んできたからだ。せっかく馴染んだ今の職場。このまま女優として演じ続けて生き続けないといけない。

 ……大丈夫、私は、人生主演女優なんだから。

 私は自分に何度も言い聞かせ……だるい体を何とか起こして、シャワーを浴びに向かった。

 そんなある日のこと。
 私が昼休憩にトイレの個室に入って、ほんの少しだけスマホをいじっていたときだった。

「いや~、橋本さんマジ便利で助かるわ~」

 びくっ。

 思わずスマホを取り落としそうになった。
 聞こえてきたのは、以前私に仕事を任せてきた異性の同僚の声。もう一人の同僚とメイク直しをしながら会話しているようだ。

「この前面倒くさい仕事任せてみたらさ、ちょろかったよ? すぐ引き受けたわ」
「うわ~、あんた性格悪い~」

 どくどくどく、と心臓が嫌な音を立て始める。私はどうしようもできなくて、個室でただ息を潜めることしかできない。

「というか、橋本さんちょっと嫌な感じせん?」
「あ、分かるかも」
「なんか私できる女ですよ~って感じ出しててウザい。あれ男受け狙ってんのって思うわ」

 ……違う。違う、私はただ、ただ受け入れてほしくて、そのために自分を演じてちゃんとしてきて……。

「まあ、こっちは利用させてもらうだけさせてもらえばいいじゃん」
「それもそうか。男受けのことは……何かあれば適当に評判落とすとかすればいいっしょ」

 あははははは…………。

 コツコツコツコツ…………。

 ……同僚たちが、去っていった。

 私は、個室内でしばらく呆然としていた。
 
 私が……私が今まで自分を削って演じていた自分は、何だったの?

 演じても……ちゃんとしても……受け入れてもらえないの……?

「じゃあ……どうすれば良かったの……!」

 目の前がじわじわと滲んできた。いつもあれだけ崩れないように気にしていたメイクだったけど、今はもうそんなもの、意味を成していなかった。

 その日は何とか自分を演じきって仕事を終えて……私は舞台袖の自宅に逃げ帰った。
 髪の毛はぼさぼさ、服も脱ぎ捨てて、メイクもぐちゃぐちゃに……。演じるために身を包んでいたもの全部、放り投げた。
 もうベッドまで行く余裕もなくて、私は床に体を横たえる。

 ……今まで、何やってたんだろう、私。

 天井をぼーっと見上げていると、また涙が出てきてアイメイクを流した。私は体を上半身だけ起こして、ぐいっと涙を拭う。
 ちょうどそのとき、姿見に映った自分の姿と目が合った。

 ……髪も、メイクも、服装も整えていない。
 笑顔も作っていない、ぼろぼろの泣き顔の……ありのままの私と目が合う。

「あ…………」

 私は食い入るように姿見を見つめ……立ち上がって、自分の今の姿をよく見た。

 ……私だ。……私がいる。

 姿見をそっと撫でた。自分を撫でるようにそっと撫でた。

 ……なんだ、演じなくても、ちゃんと立てるんじゃないか、私。

 鏡の中の私が、弱々しくも「ふっ」と笑った。私も笑った。

 偽りの役を演じても意味はない。

 今回のことでよく分かった。

 なら、これからは「本物」の私の人生の始まりだ。

 誰だって、自分の人生の主役になれる。

 これが私の座右の銘。

 見てろよ、世界というステージ。

 これが本物の、人生主演女優のお通りだ!

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