母は入院して要介護状態となった
アラフィフなのに、勢いで結婚してしまった私が後悔したことを、前回の記事では書いた。
結婚してしばらくは独身時代に住んでいたマンションと二拠点生活を送っていた。
結婚して3カ月後に母が入院して手術をした。
時はコロナ禍、面会はできなかった。
入院する部屋へ行く母の姿を今でも覚えている。
あれが、私が思う「母」との最後の別れだったかもしれない。
全身麻酔をして母はひざの手術に臨んだ。
その後、備品を持参しに行った私に、看護師から声がかかった。
母は術後せん妄が起こり、身体についている点滴の管を取ろうとするなど、危険なことをしている。そのため、ナースステーションで様子を見ているという。
コロナ禍で本当は病棟に入れないが、私は特別に様子を見に来るよういわれた。
ナースステーションにいた母は一瞬私を見てニコッとしたように見えた。
でも、そのあとは様子がおかしかった。
錯乱状態で、顔を歪めながら管を外そうとしていた。
私の知っている母ではなかった。
ショックだった。
泣きながら実家に帰った。
ちょうど桜が満開の時期だった。
※術後せん妄とは、手術をきっかけにしておこる精神障害で、手術後いったん平静になった患者が1~3日たってから、急激に錯乱、幻覚、妄想状態をおこし、1週間前後続いて次第に落ち着いていくという経過をとる。
実家に戻って父と姉に泣きながら母の様子を報告した。
2人とも驚いていた。
あまり覚えていないが、その後、せん妄状態からは脱出し落ち着いたということだったので、私は「元に戻っている」と解釈した。
母にメールも送っていたが返事が来ない。
私はモヤモヤした思いを抱えていた。
父が時折、差し入れのパズルや本を持って行ったが、コロナ禍で面会は許されなかった。
後日、差し入れを持参した際に、看護師から、
「数独やクロスワードパズルは難しいし、やらないから持って帰るように」
と言われた。
母は数独やパズルが好きだった。
だから、それを「やらない」と聞いて、少し違和感を感じた。
入院中に要介護認定を受けた。
入院前は要支援2だった母が、入院中に要介護4と判定された。
悪化している。
私たち家族は、どういうことなのか意味がわからなかった。
