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どこにでもいる普通の人だった【派遣なヒトビト】

その日は、奈良の金属部品の製造をしているとある会社の物流倉庫へ、新規スタッフを職場見学に連れて行く予定だった。

職場見学というのは、まず派遣のお仕事というのは一般的な企業の採用にある面接というものが法律で禁じられている。

とは言え、採用する側の企業は、どんな人が働きに来るのか知りたいものである。
なので、ほとんどの会社は、応募してきた派遣スタッフを職場見学という名目で現場を案内しつつ、同時に簡単な面談を行い採否を決めるのだ。
実質面接である。

ついでに言うと、実は採否を選択するのも法律で禁じられている。

人を連れてきて欲しい企業側は、前もって派遣会社に、この条件に当てはまる人を連れてきて欲しいと頼んでおり、その上で連れてくる人はその条件に当てはまっているはずだから、採用一択なのだ。
建前は。

とはいえ、世の中は建前では回っていないので、派遣スタッフはちゃんと職場見学(面接)で採否を決められるのだ。

ちなみに、この建前を守らなかったらやばいのかどうか、労基に電話で確認したことがある。
ちゃんと、労基の方も世の中には本音と建前がある事はご理解されていた。
そういう事である。

でだ。

その日、待ち合わせに来たスタッフは30半ば過ぎくらい、目が前髪で隠れるくらい重めのヘアースタイルに、濃いグレーの上着とカーキのカーゴパンツ。
背は少し高めで175㎝くらいだろうか。
暗めで愛想もなくて、声も小さいが、ちゃんと会話が成り立つの青年だった。

製造系の若めの派遣スタッフにはこういう方はよくいる。ほんとによくいる。
コミュ力も覇気もあまりないが、あまりコミュ力を必要としない仕事で、黙々と頑張ってくれるタイプで、このタイプはトラブルも少ない。

合流した後、簡単に今日の流れの打ち合わせをしてから現場に連れていく。

最初に簡単な面談を済ませ、現場を案内していくと、以前にも物流系の仕事をしていた経験もあるそうで、物流倉庫のあるあるも理解していたので、まあ、問題なく先方からは採用オッケーをもらえるだろうと、ぼちぼち当たりと言える状態だった。

だが、この会社は最後に難関があったのだ。

一通りの現場見学が終わって、最後にダンボールをいくつか持ってもらうのだ。

最初に言った通り、ここは金属部品の物流倉庫である。
なので、仕事で実際に持ち上げなければならないダンボールを用意している。

その中で一番重いものが、40センチ四方くらいの小型のものなのに、約30キロある。
箱のサイズで言うと、一般的な引越しで使うものの半分以下くらいのサイズである。

なのに中にみっちり金属部品が詰まっているので、小さいのに、めちゃくちゃ重いのだ。
もちろんこればっかりではないが、確実にこのレベルのものを持つ必要が出てくるのだ。

これを実際に手に持ってもらった上で、今後仕事ができそうかどうかの判断をしてもらうのである。

まあ、皆さん持ち上がらなくはないが、という重さの箱をそのスタッフがグッと持ち上げて一言

「あー、これは、重い、ですね…」

と、ボソッと呟いた。

そのリアクションで、僕も、先方の方も察したが、一応いつも通り、じゃ、結果は本人から後ほど確認して、先方さんに報告します、と解散する事となった。

門を出てから、スタッフに、
どうですか?ここで働きますか?
と意思確認をしたところ、案の定の返事が返ってきた。

「やめときます」

まあ、そうだよな、と思いつつ、一応理由を確認したところ、

「最後のダンボールがちょっと…。僕、やらないといけない事があるんで、こんなところで体壊したくなくて…」

ボソボソと、でもしっかりと意思を持った返答だった。

本人がそう言うなら、仕方がないので、そのまま解散をしてその日の職場見学は空振りに終わったのだった。

いつもの事だ。
派遣会社の営業をしてると、こんな事はごまんとある事である。

だが、その2ヶ月後、奈良で日本を揺るがす大事件が起きた。

大和西大寺駅前での、当時の総理大臣だった、安倍晋三の暗殺事件である。

犯人の名は、山上徹也。

その事件の2ヶ月前に僕が職場見学に連れて行った青年がまさに、その山上徹也だったのだ。

それに気付いた僕は、すぐに会社に報告をした。
会社は、もし警察から連絡があった際の窓口などの確認など、バタバタとでも迅速に対応について組み上げたので、実際に僕の業務携帯に警察から連絡があったが、特に混乱する事もなく、対応する事ができた。

まあ、面談の時点で本人が就業を断った為そこで関わりは断たれており、それだけで済んでよかったが、もし、うちの派遣スタッフとして働いていた場合、その程度では済まなかっただろう。

下手したら、会社名も報道されていたかもしれない。不幸中の幸いである。会社にとっては。

そしてその後、続報で、彼が暗殺当日の数ヶ月前から準備をしていた事を見て、僕の脳裏にあの時の言葉が思い出された。

「僕、やらないといけない事があるんで、こんなところで体壊したくなくて…」

今更ではあるが、あそこで仮に腰をやってしまっていたら、あの事件は起きなかったのかもしれないな、なんて思う時がたまにある。

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