SS【食べたいの】#シロクマ文芸部『夜店から』
小牧幸助さんの企画「夜店から」に参加させていただきます☆
お題 「夜店から」から始まる物語
【食べたいの】(1583文字)
夜店から香ばしい匂いがただよってくる。
焼とうもろこしの匂いだ。
今夜は夏祭りだったか……。
私は窓を閉めてエアコンと換気扇のスイッチを入れる。
匂いは記憶を呼び覚ます。
潔癖症の母は、夜店の食べものは不衛生だと言って、私に一度も食べさせなかった。
友だちと夏祭りに行きたいと言った時も、「食べ物は買わない」と約束させられ、出かける前には夕食をたっぷり食べさせられた。
しかし私は食べ過ぎた夕食のせいでお腹をこわしてしまい、母に「夜店で食べたんでしょ」と決めつけられて、翌年からは夏祭りにも行かせてもらえなくなった。
私は泣いて否定したけど母は信じなかった。
こんなことなら、食べておけばよかった……。
母との約束を守って、焼とうもろこしの香ばしい匂いにジッと耐えたのに。
厳格で潔癖だった母は、しかし五十代でガンを患い、あっけなく逝ってしまった。
オーガニックや無添加にこだわり、外食も滅多にせず手作りにこだわっていた母。
こんなことなら、食べておけばよかった……。
そう思わなかったのだろうか。
生きている間に聞いてみたかったが、聞けなかった。
食が細くなってからも、食べたいものある?と聞いたら「無農薬のりんご」と言ったくらいだし。
今年は母の初盆である。
八月生まれの私も三十歳になった。
母の呪いなのか、私も細かいことが気になる性格で、食にもついこだわってしまう。
外食できる店も限られるので、友人からはランチに誘われなくなり、男性といい雰囲気になりかけても、なかなか深まらない。
「たまには食を楽しんでもいいんじゃない?」
想いを寄せている職場の先輩にもそう言われた。
せっかく食事に誘ってくれたのに即答できなかったのだ。
私がため息をついて、サンドイッチでも作ろうと腰をあげかけた時、電話が鳴った。
例の先輩だった。
「神社で夏祭りやってるんだ。一緒に行かないか?」
夏祭り……夜店の食べもの……。
「ぶらぶら歩くだけでも楽しいんじゃないかな」
気をつかってくれている。
でも、私なんかと歩くだけで楽しいだろうか。
さっきの焼とうもろこしの匂いがまだ部屋に残っている。
私は急に胸が苦しくなって、思わず口走る。
「お祭りって、食べながら、おしゃべりしながら、笑いながら歩くから楽しいんですよね?……私、食べたことないんです、夜店の食べもの」
ほとんど泣きそうになりながら続けてしまう。
「でもほんとは食べたいんです、食べたいの、焼とうもろこし……。母はだめって言ったけど。でも……」
三十路女が何言ってんの、バカみたいと思いながら、どうしようもない。
食べたいんです、焼とうもろこし、せんぱいと。
そして一時間後、私は先輩と二人で神社の階段に座って焼とうもろこしを食べていた。
「うまいなー」
先輩は焼とうもろこしを二本買って、待っていてくれた。
私は恥ずかしくて、とうもろこしに顔を埋めるみたいにかじり続けた。
おいしい、ほんとに。
とうもろこしって、こんなにおいしかった?
「はじめての共同作業……じゃないけど」
先輩が照れたように笑って言う。
「君の人生初の焼とうもろこし、一緒に食えてよかったなー」
それから、こんなにきれいに食べ尽くせるのかと感動するほどキレイになったとうもろこしの芯を、先輩は袋に丁寧に戻した。
「俺、こだわりのある君も好きだよ。でもたまには、そーでもない俺に合わせてくれるとうれしいかも」
私はコクンとうなずいて言った。
「私……焼きそばとチョコバナナとベビーカステラも食べたいです」
先輩はアハハハと笑って答えた。
「うん、ぜんぶ食おう。食べたかったものぜんぶ!……そして今度は君の手作りの健康的なご飯、食べさせて」
私は焼とうもろこしをかじり終えて顔をあげた。
先輩と目が合う。
はい、と答える。
口の周りが醤油だらけだったかもしれないけど、先輩はきっとそんなこと気にしない。
「よし!たこ焼きも食おうぜ」
先輩は、そう言って笑った。
おわり
© 2026/7/12 ikue.m
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