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SS【それ以外】#シロクマ文芸部

小牧幸助さんの企画「コーヒーに」に参加させていただきます☆

お題「コーヒーに」から始まる物語

【それ以外】(1380文字)


「コーヒーにしますか?それ以外にしますか?」
「それ以外ってなにがあるんですか?」
「なにがあればコーヒー以外になさいますか?」
「そうだなぁ……、今はやっぱりコーヒーかなぁ」
「はい、コーヒーおひとつですね」
……って言われても『それ以外』がなんだったのか気になるよなぁ。でもほんとにそーいう喫茶店があったんだよ出張先にさ。

隣の席からそんな会話が聞こえてきて、私の耳はぞわぞわした。
で、なんなのアンタはメニューも見ず、コーヒー以外がなんなのかも聞かなかったわけ?なんてマヌケな男。
私のそんな心の声が聞こえでもしたように隣の会話は続いた。

……もちろんメニューなんてないんだよ。あれば俺だって見てるさ。ちなみに他になにがあるのか今後の参考に教えてくださいっつったら、こう言うんだよ。
「あなたはもう二度と来られませんよ」
……たしかに出張先での仕事は失敗したから二度と来ないだろうと思ってたけどさ。なんだか気味がわるくなって、それ以上話はしなかったよ。

なるほどね。私はまぁまぁ納得してコーヒーを啜った。深煎りの最高級キリマンジャロが、この店では千円で飲める。私はコーヒーだけはケチらないのだ。
ところでさマヌケくん、その店のコーヒーは美味しかったのかな?そこ、大事なんだよ。
となりのマヌケくんは、またまた私の心の声が聞こえでもしたように声を発した。

……でもさ、ここ大事なんだけど、その店のコーヒーめちゃ美味かったんだよ。いやーそもそもコーヒー以外のメニューなんてないんだろうな。あれだけ美味かったら必要ねぇもん。

アンタの味覚を信頼するかどうかはともかく、美味だったわけね。香りはどうかしら。

……そうそう、香りも最高でさぁ。あー、なんかまた行ってもいいかもって気になってきたよ、俺。

私は静かに席を立った。そしてサラリーマン二人組……特に話をしていた右側の男を見下ろして言った。
「私をその喫茶店に連れて行って。交通費その他経費は全て私が負担するわ」
ぽかんとした顔で私を見上げたマヌケくんは、ちょっと柴犬に似ていた。
私は柴犬もコーヒーと同じくらい好きだ。

しかし、結局私たちはその喫茶店にたどり着くことができなかった。
新幹線で三時間、在来線に乗り換えて一時間、さらにバスで三十分、バス停から徒歩で二十分もかかったというのに、その喫茶店は見つからなかったのだ。
店主の予言は当たった。
もしくはあの時点で閉店が決まっていただけかもしれないが。
マヌケな柴犬くんは随分ションボリして、申し訳ありませんと私に何度も謝ってくれた。彼にはなんの責任もないのに。

しかし、私たちにはそれ以外に収穫があった。
彼は出版社の編集者で、そもそもこんな遠方に来たのは作家に仕事を依頼するためだったと話した。しかし玄関先で断られて……と。
ふぅむ。
実は私は、世間に顔を出したことはないがそこそこ売れている作家で、名前を言ったら柴犬くんはエーッとかワーッとか言って慌てて出そうとした名刺をトランプ手品みたいに盛大に空中にバラ撒いた。


そんなわけで私は今、彼の出版社から三冊目の本を出すために執筆中だ。
そして柴犬くんを呼びつけては家事をさせたりコーヒーを淹れさせているうちに、彼のコーヒーの淹れ方も随分サマになってきた。嬉しそうにニコニコする様はまさに柴犬。
というわけで、今では彼は私のお気に入りのペット……もとい、夫である。



おわり



© 2025/10/19  ikue.m




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