「いらない」と思った情報が、文章の温度をつくっていた
文章には、「内容を理解するために必要な情報」だけではなく、
その文章の温度をつくる情報もあるんやなと、最近気づきました。
私はこれまで、文章を書くときにかなり「必要か、必要じゃないか」で情報を判断していました。
なくても意味が通じる。
本筋には直接関係しない。
削っても話の流れは変わらない。
そういう情報は、できるだけ削ったほうが文章はスッキリする。
ずっとそう考えていたんです。
でも最近、自分では「いらない」と判断した小さな情報に、
読んだ人が思った以上に反応してくれる経験がありました。
そこで初めて、
「なくても伝わる」と「なくていい」は、同じじゃないんやな
と気づきました。
私には「雑音」に見えていた
ある文章を書いていたとき、本筋には直接関係しない小さな情報を見つけました。
一度は文章に入れたものの、見直しているうちに、
「これ、なくても話は通じるよな」と思って削りました。
その情報がなくても内容は理解できるし、結論にも影響しない。
私の中では、どちらかというと「雑音」に近かったんです。
ところが、その後のやり取りで、
その情報をもう一度入れることになりました。
そして公開後の反応を見てみると、意外にもその小さな部分に反応してくれる人が何人もいました。
そこで、「あ、そこなんや」となりました(笑)
自分では不要だと思っていたところが、読む人にとっては、その文章を楽しむポイントになっていたんですよね。
情報には「役割」がある
ここで、自分の中にあった「必要な情報」の定義が少し変わりました。
私はそれまで、
内容を理解するために必要かどうか
を中心に判断していました。
もちろん、それは今でも大事です。
でも文章の中にある情報って、それだけの役割ではないんですよね。
内容を理解するための情報もあれば、人物を少し身近に感じる情報もある。空気をゆるめる情報もあれば、ちょっとクスッとできる情報もある。
特に重たい内容や真面目な話では、ずっと本筋だけを追い続けると、読む側にも少し力が必要になります。
そんな中に、ほんの少しだけ本筋から外れた情報が入ることで、文章に人間っぽさが出たり、呼吸できる場所ができたりする。
つまり、
なくても意味は通じる。
でも、あることで文章の温度が変わる。
そんな情報もあるんですよね。
「いらない」を決める前に、一度考える
もちろん、本筋と関係のない話を何でも残せばいいわけではありません。
全部入れてしまえば、今度は何を伝えたいのか分からなくなります。
だから難しいのは、
「これはただの脱線なのか」
「それとも、文章の空気をつくる情報なのか」
を見極めることなんでしょうね。
そして、その材料を見つけるためにも、やっぱりリサーチは大事です。
表面的な情報だけを集めていたら、本筋に必要な事実しか見つからない。
もう少し周辺まで調べているからこそ、
「これはなくても困らないけど、なんか面白いな」
「この人らしさが出てるな」
「ここに入れたら少し空気が変わりそうやな」
という小さな情報に出会える。
以前の私は、そういうものを「雑音」として処理していました。
でも今は、すぐに削る前に、
「この情報には、別の役割がないかな?」
と一度考えるようになりました。
必要な情報を漏らさないことも大事。
でも、一見いらなそうな情報の中から、文章に温度を与えてくれるものを見つけることも大事。
文章を書くって、情報を足したり削ったりするだけじゃなく、その情報がどんな役割を持っているのかを考えることでもあるんやなと、またひとつ勉強になりました。
