ありがとう月刊コロコロコミック_ きさいちのコロコロ履歴書①
ありがとう月刊コロコロコミック_
きさいちさとしのコロコロ履歴書①
その1
はじめましてコロコロコミック
えーとですね、いい機会かなと思ったので、来月号の発売日まで、
月刊コロコロコミックでの思い出や、やったことなどを
記録して行こうと思っています◎
そんなに時間もないので、箇条書き程度で、「記事」というほど、
分析だったり主張だったりもないので、
だらだらと思うがままに深夜テンションで書いていきます。
あ、でも、一つやってもいいかなと思ったことがあって、まぁでもそれも
いまとなっては使いどころはないかなとも思うんですが、
僕はいま月刊コロコロで児童漫画家としてやらせてもらってて、
一つ、コロコロに対して恩返しをしてないなと思ったことがあって、それが
【後輩につなげる】ということなんですよね。
というのも、僕はブラックチャンネルを基本1人で描いてて、アシスタントさんを雇っていません。デジタルが進化しすぎて、アシがなくてもある程度の漫画が描けてしまうからです。(もしも別のお仕事が入って、めちゃくちゃ背景をちゃんと描く、とかになったとしたら、その時は雇うと思います。現状はちょっとごまかしごまかしでそれっぽい空間にしてるわけです。)
(もうひとつカッコ書きをすると、アシスタントさんを依頼したことはあるんですが、この記事パートで言うところのアシスタントというのは、漫画家の連載予備軍(?)の人たちの事を言います。僕が連載を夢見ているときに、むぎわら先生やたかはし先生のところに通っていたような、そういう関係です。)
ととと、【後輩につなげる】というのは、コロコロの次世代の漫画家さんを、育成というか、弟子とはいいませんが、代々引き継がれてきたコロコロ作家の系譜を途切れさせずに、次世代へ技術とか伝説とか(?)、情熱とかのバトンのようなものを、繋げていこと…。
なんですが、これを、ぼくはやっていないんですよ・・・。
先代の秋元編集長(当時)にも、このことは直接言われて、僕自身も5人の師匠がいますから、それを受けついでいきたい、という気持ちはありました。気持ちは…。でも毎月の原稿が、デジタルでやってるもんで、これが一人で漫画が描けてしまう…。
黒田さくや先生がいつかつぶやいていた何気ないひとことがそれなんですが、たしか「アシスタントに指示書を書いてるうちに背景ができてしまった」というもの。ままま、もし同じ現場にいれば、言葉や身振り手振りで伝えられることや、ツーカーで通じ合える間柄で感覚がわかる人だったら、これもいいんですが。でも指示書かくの時間かかる…。僕も原稿が早いほうではないので、ここを天秤にかけると、アシスタントさんよりも、自分でやったほうが…を取ってしまったわけです。長期的に付き合ってくれる人がいるかどうかも分からないですしね・・・・。(人を入れれば単純に作業が早くなると思っている編集者さんがたまにいるんですが、こういう理由があって、場合によっては急に入れられても逆に原稿完成が遅れるパターンもあることを分かっていただきたい…💦。いったん先生と確認すればいいだけですが)
(あと、これは、まぁ、言ってしまうと、実は・・・
僕は5人の師匠に、自分から「学ばせてください!」という体でアシスタントをやらせてもらっていて、この他にもあの先生やこの先生にもお願いします!と頼んだんですが、人が足りていたりなどで、結果的に受け入れてくれた先生は5人でした。何がいいたいかというと、僕のところに「アシスタントやらせてください」という後輩作家が、誰一人としていなかった…💦ということも、少なからずの理由にあるわけです。ままま、僕は早いうちから、「新コミを通って、コンペに出せる段階に来たら、連載作家とも平等のラインに立っている」という覚悟というか自戒というか、そういう気持ちでいたので、そういう意味では、きさいち先生からは別に学ぶものは無いしなぁと思われていても、「ぼくもそうおもいます^^;!」という気持ちでもいました。)それに、もはや師弟関係のような感覚も古い習慣になったんだと言われたら、それもそうかも…とも、思ったり、思わなかったり。
たかはし先生の現場でみんなで、あの先生のところにあの人がアシで入ったらしいよ!とか噂話とかしたり、むぎ先生の現場の近くのバッファローでハンバーグたべたり、永井先生の現場で階段をあがる途中にある素敵な絵に毎回見とれたり、ながとし先生と会いにいくときに毎回とおる商店街がたのしみだったり、コーヘー先生とのスカイプでは他の現場の作家先生もふくめてみんなでしゃべったりとか、そういうものに憧れたりもしてたわけですが、いざ自分が連載作家になったら・・・・・、ままま、この話はまたこんど。
えーと、というわけで、長くなりましたが(本当に長いわ)
【後輩につなげる】ということを、ここで、当時思ったことをメモすることで、「へー」と思ってもらえれば、それはそれでいいのかなとも思ったので、自分が頑張ってたこととか、これやったほうがいいよ、とか、そういうものを、当時を振り返りつつ、出していけたらいいかなと思ってます。
要するに、
きさいちのやったこと書いて置いとくので、勝手に見て学んだり「それは違うだろ」とか思ったりしてほしい。ちょっとでも後輩の+(プラス)になることがあったら、それは、うれしいです。
ってかんじです。
本来は一度書いた文書を削ったり、直したりするんですが、
そんな時間もないので、書きなぐってます。
さて!
というわけで始まりました!きさいちのコロコロ履歴書その①!
画像を貼ります!
僕が初めてコロコロにのった号です!
ブシニャン!!!!!2013年11月号です!
初代メガシンカ!


これは本当にうれしかった!
年齢のところは見ないでください(笑)
当時この本を買ったイトーヨーカドーは、2026年の現在は姿を変えリコパになりました。
ちなみに、この一個まえの春期を取ったのは、デッカくんのあずま先生でした!
(新人賞を狙う若手あるあるだと思うんですが、自分の直前の回の人の受賞ページは何度も見るので、僕にとって、「このレベルに届かないといけないのか…!」と一番感じたのは、このあずま先生だったんですよね・・・。)
あずま先生は新コミもぼくの一個まえで、いつも僕の一個先を行く人でした。
(ミラコロもそうだよね!)
ちなみに夜7時ごろに打ち合わせにいくと、担当が同じだったので、
ぼくの一個前にあずま先生が打ち合わせしてることもよくありました(笑)
そう思うとブラックのショートでデッカくんとコラボしたのは、10年以上地道に頑張ってきてよかったねという気持ちになりますね。
ちなみに10万円は学費返済に使いました。

この目次の並び、いいですよね~。
ボンビーが最終回!子ガエル先生は初めてお会いしたとき、
ふなっしーのコスプレをしていました。(顔面黄色い絵具)
ええと、
なんだ・・その・・・・
ちょっと大学校の小話をしましょうか、
①
漫画大学校で銀メダルを取ったんですが、
たしか歴代で「金」をとったのは一人しかいなかったと思うんですが、有識者の方、そうですよね・・?
みんなもよく知ってるあの先生です。
②
あとから編集さんに聞いたんですが。そりゃそうだよな、という感想をみんな持つと思うんですが、
長く続いてる新人賞なので、時代によって、甘かったり、厳しかったり、という波があったそうです。編集者のかたがたもずっとおなじモノサシを持ってみてるわけでもないですし、見るメンツも変動しますから、これはまぁ納得することです。
大学校は、僕も担当していた時期があったので、これはまたその時に話ができればいいなと思ってます。
★ポイント★
(なんかこう、漫画家志望の若い子に対して、ここが学びのポイントだゾ!というところでこの★ポイント!★を出していこうと思います。)
きさいちは、これまでもジャンプ系の新人賞に持ち込んでましたが、結果はぜんぶだめ。
大学校を受賞するそのために→やったこと
★まんがの勉強をしました!
→映画脚本術の本を読みました。
それまでは我流で、とにかく自分の中にあるものだけで漫画を描いてました。
このあたりに、かいけつゾロリが50冊記念とかでよく取材されてて、原ゆたか先生が情熱大陸で言ってたのを見て、それをならった感じです。
「先代の人が黄金率をまとめてくれているのなら、それを見ない手はない」
の、ようなことを言ってました。
近道があるというわけです。
うまく行かないひとは、やってみるといいかも。
最近ひさしぶりに新しく本を買って勉強しましたよ・・・・
よみもノベルの時に、全然できなくて、漫画と勝手が違って・・・、
ここでその本を紹介するべきなんですが、「この本よかったよ」じゃなくて「勉強だいじ」ということを伝えたいし、
本屋の本棚にいって、どれがいいのかなぁ、とパラパラめくって、
これがよさそうだ!と、買ってかえって、読むんだけど、
なるほどわからん!!
とかにもなって、2冊目、3冊目と読んでいくと、比較ができるわけですから、そのうち、自分なりの、「こういうことか!」が見つかると思うので、それがいいかなと思います。
★最強ジャンプの編集さんに見てもらってました
これは暴露に近いですね(笑)
まぁ13年前なのと、若かったということで。
友達にも見せて、感想をもらってましたが、
実はコロコロに来る前に、ジャンプ志望だったので、なんやかんやあって、最強の編集部の人にみてもらってました。
そのなかで、「26歳ですか…、そろそろ身の振り方考えたほうがいいですよ、まぁ持ってきたら見ますけど…」と言われて、
(これはすごく正しいと思ってるので、別に怒ってもないし、そりゃそうだ!という感想で「こんなひどいこと言われた~」というものではありません!)というわけで、あとがなくなったぼくは、
「コロコロにいくか…」となったんですが、
そこに持ち込むネームを、こちらの編集さんにも見せて、アドバイスや感想をもらってたわけです。それくらい追い込まれていたのも事実です。
これはマネしろとは口が裂けても言えないのですが、要するに、
「見る目を持ってる人に見てもらう」
ということが大事、と、いいたいわけです。
いいですか?ぼくはやれと(別の編集部の人に見てもらうこと)言ってませんからね!
(でも、見せた時点で、いいものであれば、「うちの賞にだしましょう」となるので、僕のばあいは、それは言われなかったので、フラれた作品を、ブラッシュアップして、別のところにもっていったら、受かった、という構図になるので、セーフ!)この例は、コロコロの先輩作家の、みんなも知っている●●先生もやったと言ってました。あっちでダメだったものを直して、大学校に出したら、受け入れてくれた、という例です。
それくらい漫画家になりたいという熱意ですよ、要は。
こんな感じで、月刊コロコロの思い出と、後輩のためにいろいろ出せるものは出すということを、1か月間できればと思ってます。
こんなに長いのは最初だけだと思うので、次回はさっぱりしてると思います。
では
ありがとう月刊コロコロコミック_
きさいちさとしのコロコロ履歴書①
でした。
