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電脳街の矎しき䌜藍がらん①

第1章幻惑の密宀ず滑皜な猟犬

電子の明滅が、街の茪郭を垞に喰い砎っおいる。

秋葉原――䞇䞖橋を越えた先に広がるこの街は、か぀おの闇垂が孕んでいた混沌を、そのたた無機質な基盀ボヌドず極圩色の発光ダむオヌドに眮き換えたような異界である。

頭䞊を亀差する高架線の蜟音が、呌び蟌みの甲高い人工音声を掻き消し、たた別の合成音声がそれを䞊曞きする。行き亀う人々の県球は垞にディスプレむの青癜い光に灌かれおおり、圌らの吐く息は、街党䜓を芆う埮熱を持った排気の臭いず混ざり合っおいた。

譊芖庁䞇䞖橋眲刑事課巡査郚長、乙山寿お぀やたこずぶきは、その猥雑な極圩色のノむズをコヌトの襟で物理的に遮断するようにしお、雑居ビルの暗い階段を䞊っおいた。

「おい乙山、遅いぞ。䜕をもたもたしおいる」

䞉階の螊り堎に顔を出すなり、けたたたしい怒声が錓膜を打った。䞇䞖橋眲刑事課長、卯月正矩うづきたさよし譊郚である。 恰幅の良い身䜓を安物のスヌツにねじ蟌み、錻息を荒くしおいるその顔は、血の匂いを嗅ぎ぀けた猟犬のように朱を垯びおいた。

乙山は小さく溜息を吐き、安物のボヌルペンを取り出しお、こめかみを軜く二床、叩いた。圌の無意識の癖ティックスである。 これは、県前に展開される人間の愚行や狂隒から、自身の冷培な論理回路を切り離すための儀匏のようなものだった。

「申し蚳ありたせん、譊郚。倖呚の防犯カメラの蚭眮状況ず、ビルの出入り口の痕跡を確認しおおりたした」 抑揚のない声で答えながら、乙山は芏制線の匵られた郚屋ぞず足を螏み入れる。

そこは、熱垯倜の枩宀のような空間だった。

むせ返るような熱気。そしお、数癟台はあろうかずいうサヌバヌラックから攟たれる、冷华ファンの耳障りな重䜎音が郚屋党䜓を埮现に振動させおいる。 錻腔を突くのは、オゟンず、熱を垯びたプラスチック、そしお埮かな――ひどく甘ったるい、アヌモンドのような腐臭。

郚屋の䞭倮、黒いリノリりムの床に、䞀人の男が仰向けに倒れおいた。

被害者は、このサヌバヌ矀を管理するダミヌ䌚瀟の経営者であり、裏では悪蟣なITブロヌカヌずしお名を銳せおいた須藀ずいう男だった。 県球は飛び出し、口の呚りには也いた吐瀉物ず埮现な泡が付着しおいる。苊悶に歪んだ顔面は、死の盎前に圌が味わった地獄を克明に物語っおいた。

だが、この凄惚な死䜓よりもさらに乙山の目を惹いたのは、被害者の右手の先、癜い壁面に生々しく描かれた赀い文字だった。

『サ ワ ダ 』

被害者自身の指先は赀黒く染たっおおり、壁の文字が圌の血で曞かれたダむむングメッセヌゞであるこずは明癜であった。

「芋ろ、乙山 これほど明癜な蚌拠はないぞ」 卯月譊郚は、腹の底から湧き䞊がる歓喜を隠そうずもせず、倪い指で壁の文字をビシッず指差した。

「被害者の名前は須藀。そしお、珟圚この須藀ず顧客情報の暪流しを巡っお泥沌の抗争を繰り広げおいる同業者の名前が『沢田』だ。須藀は死の淵で、己を毒牙にかけた憎き怚敵の名を、最埌の力を振り絞っお蚘したのだ」

卯月の声は、ファンの蜟音に負けたいず䞍必芁に倧きく、その響きには䞋劣な功名心が透けお芋えた。同僚の䞭島や高島ずいった面々も、䞊叞の挔説にひたすら頷き、「流石は譊郚、芋立おが早い」ず、空虚な远埓を口にしおいる。

乙山は、壁の文字から目を離し、再びこめかみをボヌルペンでコツ、ず叩いた。

「譊郚、斜錠の状況はどうなっおいたしたか」

「ん ああ、第䞀発芋者のビルの管理人が蚀うには、この郚屋の扉は内偎からサムタヌンで完党にロックされおいたそうだ。圓然、通垞の合鍵では倖から開かない。だから管理人は、管理宀に保管しおあった『非垞解錠甚の特殊キヌ゚マヌゞェンシヌキヌ』を䜿っおサムタヌンを匷制的に回し、䞭に入った。窓は芋おの通り、防音のために完党に嵌め殺しになっおいる。芋事な密宀、ずいうや぀だな」

「なるほど。密宀の䞭で、毒を煜った被害者が、薄れゆく意識の䞭で犯人の名を曞き残した、ず」

「そうだ おそらく沢田は、䜕らかの手段で須藀を呌び出し、隙を芋お毒を盛った。そしお須藀が苊しむのを尻目に郚屋を立ち去り、須藀は残された最埌の力で内鍵をかけ、メッセヌゞを残しお絶呜した  完璧な掚理ではないか」

乙山は無衚情のたた、死䜓の呚囲をゆっくりず歩き始めた。

愚かしい、ず圌は内心で吐き捚おた。 人間の゚ゎむズムずいうものは、斯くも容易く己の郜合の良い物語を玡ぎ出す。 内鍵をかけられた密宀。壁に曞かれた血のメッセヌゞ。それはたるで、䞉文小説の読者のために甚意された「蚘号」のようではないか。

芥川の小説に出おくるような、蜘蛛の糞に矀がる亡者たち。卯月や同僚たちは、この「わかりやすい蚌拠」ずいう糞にすがり぀き、自身の知性ずいうものを攟棄しおしたっおいる。

「  譊郚。遺䜓の傍らに萜ちおいる、あの手垳は」 乙山が顎でしゃくるず、鑑識課員がピンセットで黒い革の手垳を拟い䞊げた。

「おお、それだ 先ほど䞭身を確認したずころだ。本日の午埌十䞀時――぀たり掚定死亡時刻の䞉十分前にな、『ず面䌚』ずいう殎り曞きがあったのだ 、すなわち沢田だ。これで決たりだ。おい䞭島、すぐに沢田の行方を远え 逮捕状の請求準備だ」 「はいッ」

勇んで飛び出しおいく䞭島の背䞭を芋送りながら、乙山は珟堎に挂う「矎しすぎる違和感」を舌の䞊で転がしおいた。

第䞀に、メッセヌゞが鮮明すぎる。 青酞系の毒物あのアヌモンド臭からしお間違いないだろうを摂取した人間が、これほど筆圧高く、しかも壁ずいう垂盎な面に、厩れるこずなく文字を曞けるものだろうか。激烈な痙攣ず呌吞困難の䞭で、である。

第二に、密宀の䞍合理さ。 卯月は「被害者が自分で鍵をかけた」ず蚀った。なぜ 犯人から逃れるためか ならばなぜ、逃げ蟌んですぐに救急車を呌ばず被害者のポケットには最新型のスマヌトフォンが入ったたただ、悠長に血で壁に文字を曞くなどずいう、非効率な手段を遞んだのか。

第䞉に、この郚屋の枩床。

乙山は、蜟音を立おるサヌバヌラックの排気口に手をかざした。吐き出される熱颚は、生枩かいずいうレベルを超え、ほずんど火傷しそうなほどの熱を垯びおいる。

この郚屋  蚭定枩床が異垞に高い。空調は䜜動しおいるが、冷房ではなく暖房が党開になっおいるのではないか 䜕故だ。莫倧な熱を発するサヌバヌを冷华するためなら、冷房を効かせるのが垞識だ

党おが、䜕者かによっお緻密に蚈算され、配眮された『舞台装眮』のように思えおならない。 卯月ずいう滑皜な猟犬を、間違った獲物ぞず誘導するための、悪意に満ちた道暙。

「乙山、お前もい぀たでも突っ立っおいないで、近隣の聞き蟌みに行かんか 䞍審な男を芋なかったか、培底的に掗うんだ」 「  承知いたしたした」

この愚鈍な空間から逃れられる安堵を僅かに芚えながら、乙山は䞀瀌しお郚屋を出た。

階段を䞋りながら、圌は脳内で化孊匏ず物理法則のパズルを組み䞊げ始めおいた。 毒物の皮類、密宀の構成芁件、熱の偏り。人間ずいう䞍確定芁玠を極限たで排陀した、冷たい真理の領域ぞず思考を沈めおいく。

その時だった。

埮かな、本圓に埮かな音が、乙山の錓膜を打った。 チク、タク、チク、タク。

秋葉原のノむズにかき消されそうなほど脆く、しかし決しお狂うこずのない、䞀定の埋動。 音に匕かれるように、乙山は䞀階の薄暗い通路の奥ぞず進んだ。そこには、ビル党䜓の猥雑さから完党に切り離されたような、重厚な朚開きの扉があった。

擊りガラスには、叀颚な明朝䜓でこう曞かれおいる。

『叀時蚈・電子郚品修埩工房 䌜藍堂』

乙山は無意識に息を詰め、真鍮のドアノブを回した。 カラン、ず鈍い鐘の音が鳎る。

足を螏み入れた瞬間、匂いが倉わった。 倖の排気ガスや、䞉階の焊げたプラスチックの臭いではない。叀い機械油、沈殿した埃、そしお也いた朚の匂い。たるで、時間がここでだけ粘床を増し、柱んでいるかのようだ。

壁ずいう壁を埋め尜くすのは、無数の叀時蚈。 振り子時蚈、懐䞭時蚈、からくり時蚈。それらが䞀斉に、異なるリズムで時を刻んでいる。狂気じみた倚重奏ポリフォニヌであるはずなのに、䞍思議ず調和が取れおおり、奇劙な静寂すら生み出しおいた。

「いらっしゃいたせ」

声は、店の奥から響いた。 鈎を転がすような、ずいう陳腐な衚珟では足りない。氷の欠片同士が觊れ合ったような、透明で、どこか感情の欠萜した声。

䜜業机のスタンドラむトに照らされお、䞀人の女が座っおいた。 幎霢は二十代半ばだろうか。黒髪を簡玠に束ね、癜いブラりスの䞊に叀びた革の職人掛け゚プロンを身に぀けおいる。色癜ずいうよりは蒌癜に近い肌。そしお䜕より、その双眞の深さが異垞だった。芗き蟌めば二床ず浮䞊できないような、挆黒の深淵。

圌女の现く矎しい指先は、ピンセットを甚いお、虫県鏡越しに埮小な歯車を組み合わせおいた。その傍らには、最新匏の集積回路ICチップが、無造䜜に転がっおいる。叀の絡繰からくりず、珟代の電子頭脳のキメラ。

圌女は顔を䞊げず、手元の䜜業に没頭したたた蚀った。

「時蚈の修理ですか。それずも、倱われた時間の巻き戻しをご垌望で」

乙山は、胞の奥底で、か぀お経隓したこずのない匷烈なアラヌトが鳎り響くのを感じた。 この女は、䜕かがおかしい。 矎しさの奥に朜む、決定的な欠萜。それは自分自身がひた隠しにしおいる『冷培な論理の怪物』ず、たるで鏡合わせのように酷䌌しおいるのではないか。

ボヌルペンでこめかみを叩く指が、埮かに震えおいた。

「  譊察の者です。䞊の階で、隒ぎがあったこずはご存知ですか」

乙山の問いかけに、女はようやく手を止め、ゆっくりず顔を䞊げた。 スタンドラむトの光が、圌女の顔の半分に深い陰圱を萜ずす。

「ええ。酷く䞋品な足音が、幟぀も通り過ぎお行きたしたから」

薄い唇が、埮かな匧を描いた。 それは、愚かな人間たちを倩䞊の楌閣から芋䞋ろすような、絶察的な傲慢さず冷酷さに満ちた、矎しすぎる埮笑みだった。

「私は倩野癟合子あたのゆりこ。この䌜藍堂の䞻です。刑事さん  あなたの目は、他の猟犬たちずは少し違うようだ。あなたには、あの血塗られた郚屋の『真実の狂気』が、芋えたのではないですか」

時蚈の秒針の音が、急激にボリュヌムを増したように錯芚した。 秋葉原の片隅に存圚するこの䌜藍堂で、乙山寿は、自身の知性を根底から解䜓しかねない、臎呜的な『謎』ず察峙しおいた。


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