人生アップデート日記 #2 JTC16年目ワーママ。転職しなかった私がAI時代に思うこと。
「転職経験はありません。でも、仕事は何度も転職したくらい変わりました。」これが、2009年に新卒で入社してから16年間働いてきた私の実感です。
最近は、「AIに仕事が奪われる」「JTCでは成長できない」「市場価値を上げるには転職」そんな言葉をよく目にします。
もちろん、それも一つの考え方です。
でも私は、一度も会社を変えずに、自分の仕事を何度も変えてきました。
今日は、その話を書いてみようと思います。
2009年一般職入社、2026年総合職ワーママとして生き残った女
まず、私のキャリアは一般職としてスタートしました。
私が入社したのは2009年。
その年はリーマンショックで、世の中全体が不安定だった頃です。幸い、私の業界はさほど影響がない印象でしたが、下っ端すぎて大変さなんてわからなかっただけかも…と今になっては思います。
それから気づけば16年。この間、本当にいろいろなことがありました。
3.11の大地震。働き方改革。女性活躍推進。コロナ禍。DX。そして生成AI。会社を取り巻く環境は、入社当時とはまるで別世界です。
その変化の中で、150人以上いた同期のうち約半数が、転職したり違う道へ進んでいきました。
私より上の世代の女性の先輩方は子供を産むタイミングで会社を去っていきました。(寿退社も珍しくなかったです)
それでも私は、同じ会社で働き続けています。
仕事に向き合う中で、いつの間にか総合職に転換し、仕事の幅と面白さは段違い。そして給料も全然違う!という現実を目の当たりにしました。
産休・育休を2回経てそれでもJTCにしがみついた訳
20代後半~30代前半に2回の産休・育休を経験しました。
子どもが小さい頃は、毎日が時間との戦い。
当時はフル出社だったので記憶がないくらい疲れ果てていました。
朝は保育園準備。送り届け。息つく暇もなく仕事。お迎え。夕飯。お風呂。寝かしつけ。寝落ち。
気づけば一日が終わっている。そんな毎日でした。
特に、私の場合、周りにワーママは皆無。孤独との闘い。周囲のお手並み拝見!という視線に耐えられず、「転職したら、もっと働きやすくやりがいのある仕事ができるかもしれない。」そんなことを考えたのは一度や二度ではありませんでした。
でも同時に、子育てをしながら働く私にとって、転職活動は困難。
企画・体制整備などをしていた私には、転職において有利なわかりやすい実績やスキルがないことに気が付いたのでした。
結局私は、この会社に残ることを選びました。
でも私は、それも立派な戦略だったと思っています。
時代が後押しをし、コロナを経てリモートワークができるようになると、一気に楽になりました。
そして、私のあと、社内で女性社員は産育休をとって当たり前に返ってくるようになったのでした。
30代ワーママ問題の当事者としての葛藤
会社員という働き方と、母親業との相性の悪さゆえの「迷走」をしていた時期もあります。
フリーランスや起業に憧れて、情報取集をしていたこともあります。
が、ま・じ・で思いとどまって良かったです。
巷に言われている30代ワーママ問題ですね。
まだ、今ぎりぎり30代ですが、耐え忍んで、結果、世帯年収2000万円はかなり大きいです。
育休復帰後、時短勤務時代に年収が350万円くらいになって絶望した日が懐かしい。
今、まさに絶望している人に声を大にして言いたいのは、「一時的なことだから、正社員の椅子、手放しちゃいけないよ!!!!!」ということです。
辛いけど、一旦手放すと、また易々とは手に入れられないのが日本の現状です。
このあたり、女としてキャリアを重ねるときの屈辱的な出来事の数々はまた別の機会に。
こんな感じで、だましだましでやってきた30代ワーママですが、戦略的に立ち回ったこともあります。
挑戦してから学ぶ
つまらない仕事はしたくない
楽して自分ができることで貢献できたらな
在宅勤務したいな(切望)
こんな願望を叶えるために数々の挑戦をしました。
・役員や本部長クラスのおじさんを味方につけること
・チームと上長のために手柄を立てること
・ここぞのときにアピールすること
・他部署の仲間を増やしておくこと
・女であること、子持ちであることを武器にも情けにもしないこと
え?社内政治?と思われたかもしれませんが、JTCではめっちゃ大事、かつ侮ってはいけません。
JTC勤続16年目の強みといえば、やはり社内の人脈です。
20代中盤当時、一緒に仕事をしたり、お世話になった人たち(当時主任や係長)が今や、部門トップや、部長次長課長に昇進しています。
そんな偉くなった人たちを「さん」付けでフランクに呼びつける、あの女の人何者?ってなります。(笑)
ただ、私としてはちゃんと仕事もしたかったので、挑戦を止めませんでした。
「できるようになってから挑戦する」のではなく、挑戦してからできるようになる。
だから、「やります」と言ったあとで、本を読んで、調べて、試して、失敗して。
法学部出身なのに、プログラミング修業に情シスへ弟子入りしたり(現業務をやりつつ)、外国人相手に英語でプレゼンして褒められたり(いきなりで上司&チームの人たち驚く)、他社との研究会に手を上げて、講演会&書籍執筆をしたり…
そんな誰もできないインパクトが大きいことを繰り返してきました。
数年前からのDX推進ブームに乗って、会社内に推進チームができ、DX人材育成に選抜され、一定の成果が出たのでDX推進責任者になりました。
AIブームも、割と早い段階でキャッチアップできたので、(社内では)詳しい人枠に入れたこともラッキーでしたね。
AIの衝撃から数年、いまでこそ当たり前に活用が進むAIですが、社内ではこれはこれはすったもんだありまして。そのあたりも別の機会に。
AI推進・DX推進担当者さんたち、ほんとお疲れ様です!!
ワーママだからこそ、AIに救われる
AIの話になると、「仕事がなくなる」という話題が先に出てきます。
でも、私の実感は少し違います。
AIは、私から仕事を奪ったことはありません。
代わりに、時間を返してくれました。
・資料のたたき台を作る
・文章を整理する
・会議の内容をまとめる
・アイデアを出す
・プログラミングを代わりにやってくれる
・データ分析のやり方を教えてくれる
・相談相手になってくれる
・めんどくさかった仕事を丸投げできる
・シゴデキ部下が複数できる(chatGTP/Claude/Copilot/その他使い分け)⇒自分の評価が上がる!
30分かかっていた仕事が5分になり、その25分で、ほかのことができる!!子どもの宿題を落ち着いて見ることができる。
ちゃんと夕飯を作れる。
寝る前に本を読む時間ができる。
ワーママにとって、この時間の返却分は本当に大きいんですよね。
そして、自分(人間)だからこそやれるタスクに集中でき、ストレス負荷がかなり軽減しました。
AIは仕事を奪うのではなく、仕事を作り変える
DXやAIの仕事をしていて感じるのは、AIは、人の仕事をゼロにする存在ではないということです。
仕事のやり方を変える存在。
そして、人がもっと価値を発揮できる仕事へシフトさせる存在。
だから私は、「AIに仕事を奪われないようにする」のではなく、「AIを使って、自分の仕事をアップデートする」そんな発想の方が、これからは大切なんじゃないかと思っています。
初期こそ、AIのすごさを(社内で)内緒にしたい!という欲にかられましたが(笑)、今はむしろ声高に推奨しています。それなのに使わない・使えない・使いたくないというおじさんが多いのね。
AI時代に必要なのは、「転職力」より「アップデート力」
転職は、素晴らしい選択肢の一つです。でも、唯一の正解ではありません。
同じ会社でも、同じ部署でも、昨日より少し成長することはできます。
学び続けること。
変化を恐れないこと。
そして、「できないからやらない」ではなく、「やってみてから学ぶ」こと。
そんな小さな積み重ねが、自分の市場価値をつくっていくのだと思います。40歳が見えてきた今、私が一番感じていることです。
最近では転職ブームが落ち着いて、ビッグステイ(今の会社にとどまる)選択も増えてきましたね。
転職して、年収を上げていく方法もよいですが、安定した大企業の年功序列という果実を回収していける年代になったら、戦略的ステイも良い方法だと思います。
おわりに
16年前の私は、AIと一緒に仕事をする未来なんて想像もしていませんでした。でも人生は、思っている以上に変わります。
だからこそ、変化を恐れるより、自分を少しずつアップデートしていきたい。
これからも、この「人生アップデート日記」では、AI、キャリア、子育て、資産形成、そして人生そのものについて、実体験を交えながら書いていこうと思います。
