オンドジェイ・プロヴァズニーク『ブロークン・ヴォイス』チェコ、少女たちの沈黙
オンドジェイ・プロヴァズニーク(Ondřej Provazník)長編二作目。今年のベルリン映画祭パースベクティブス部門に選出されたスロヴェニアのウルシュカ・ジュキッチ『Little Trouble Girls』は、ティーン少女がカトリック系の女子校で合唱団に入団して練習する過程で、性の発見と探索を行うという内容で、実に健康的で風通しの良い作品だった。本作品はチェコの作品だが、ティーン少女が合唱団に所属しているとこは同じである。異なるのは舞台が民主化直後の1990年代初頭であること、そして合唱団がプラハ少年少女合唱団(バンビーニ・ディ・プラガ)をモデルにしていることだ。1973年にボフミル・クリンスキーによって設立された同合唱団は、様々な有名人を輩出する有名合唱団へと成長していった。しかし、1977年に父親に代わって代表となったボフミル・ジュニアは、合唱団の成長の裏で1984年から2004年にかけて所属していた少女たちに性的虐待を行ったことが告発された。本作品の主人公は15歳と13歳の姉妹である。姉ルツィエは1軍メンバーだが、まだ若い妹カロリーナは2軍メンバーだった。1軍メンバーは強権的な指揮者ヴィテクの下で初のアメリカツアーも控えていた。アメリカに行ける20人を決める雪山合宿に呼ばれたカロリーナは有頂天になり、その天才的な歌唱力でのし上がっていくが、それはヴィテクに"気に入られる"ことと周囲に嫉妬されることを同時に意味していた…云々。ヴィテクは合唱については厳しいがそれ以外の部分では親しみやすい部分もあり、演奏会のアフターパーティーで生徒たちとダンスミュージックで踊ったり、合宿中はジェスチャーゲームで遊んだり、距離の取り方が非常に"上手い"人物として描かれている。カロリーナに"この合唱団のトップに立ってやる!"というくらいの熱い野心があったかは不明だが、とにかくこの厳しい"独裁者"が自分だけに向ける表情に応えようとしてしまう。それがグルーミングであることは明らかだが、周囲の大人たちはそれに気が付かないか気付いても無視している(カロリーナの部屋にヴィテクのバスローブが置いてあっても"またか…"みたいな顔だけして対応はしていない)。また、ヴィテクも全員に手を出しているわけではなく、狙っていない生徒に対しては上記の通りの"厳しいが親しみやすい"大人なので、カロリーナの圧倒的な出世が他の生徒から嫉妬を買うのは必然であり、雪山合宿での合唱練習は単に指揮者を見ている演奏者という関係性ながら、二人の"見つめ合い"は異常に緊張感のある"二人だけの世界"に変質しているようにも見えた。
思い返してみると、アフターパーティーで不機嫌に抜け出す生徒がいたり、家族を先に帰してパーティに残った姉が不機嫌になって帰ってきたり(そしてトイレで吐いていたり)、おそらく被害にあったであろう少女たちの描写はされていたわけだが、映画は主人公の視点で語られるため(上記実在の事件を基にしていると知らない観客も含めて)、なんだかノリの悪い人のように描写されているのが絶妙。それぞれが音楽と夢と被害の狭間で苦しんでいるけど言い出せないでいる、"声が上がらないので存在しない"という状態になっているのだ。舞台を1990年代初頭にしたのは、問題が解明されるまでにまだ長い時間がかかることを暗示しているのだろう。雪山合宿で実際に悪戯をしていたのは姉であったわけで、あれは標的になってしまった妹を助けようと動いていたのかもしれないと思うなど。ただ、姉との関係性の描き方は不十分なので深読みしすぎかもしれない。本来であればこの後に、レオナルド・ヴァン・デイル『ジュリーは沈黙したままで』のような流れになってくれて、そこまで描いてくれると個人的には嬉しいのだが、やはりカロリーナも痛みを抱え込むように座り込んでしまうところで終わってしまうのはちょっと残念だった。
それにしても、雪山合宿の風景がヴェラ・ヒティロヴァ『Wolf's Hole』と重なりすぎる。あれもスキー合宿に集められた若者たちが、強権的な大人たちによって互いに反目させられ疑心暗鬼になっていく作品だが、最終的には若者たちが協力しそれを跳ね返すという作品だった。それくらいのパワフルさが欲しい。

・作品データ
原題:Sbormistr / Broken Voices
上映時間:104分
監督:Ondřej Provazník
製作:2025年(チェコ, スロヴァキア)
・評価:60点
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