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【エッセイ】逃げたい夜、逃げなかった夜。自信という名の小さな勲章|*5分で読める記事

自信という言葉を、私は長らく誤読していた。

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胸を張り、迷いなく、堂々と物事を成し遂げる者だけに許された、一種の生得的な才能。そう思い込んでいた。眩しい人々の専有物であり、電車を一駅乗り過ごしてまで気まずさから目を逸らすような人間には、決して分配されない資源なのだと。

自信とは、逃げたかった日に逃げなかった時の記憶だ

三島由紀夫

#三島由紀夫     #仮面の告白

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だがある日、その定義が根本から間違っていたことに気づく。自信とは才能ではない。もっと即物的で、もっと個人的な、記憶の集積なのだ。

たとえば、あの夜を思い出してほしい。

好きな人に「今度、ご飯でも」と誘おうとして、指先がスマートフォンの上で三十秒硬直した夜。既読がつくのが怖くて下書きを開いては閉じ、閉じては開いた、十一時過ぎの部屋。エアコンの稼働音だけがやけに大きく響き、布団の中で膝を抱えながら、「明日でいい」という顔をした甘い逃避が何度も手招きしていた。

それでも、送った。

震える指で放った、たった十七文字。送信の瞬間、心臓は喉元まで迫り上がり、スマホを裏返して枕の下に押し込んだ。数分後、恐る恐る覗いた画面には「いいですね、行きましょう」の五文字。あの安堵と高揚が綯い交ぜになった感覚を、私はいまだに正確に言語化できずにいる。

#エッセイ

自信とは、あの夜、逃げなかったという純然たる事実そのものだ。

勇気を振り絞った瞬間の記憶ではない。逃げる選択肢がいくらでもあった夜に、それでも一歩を選んだという、静かで動かしがたい証拠の集積。派手な成功譚ではなく、誰にも観測されない、自分だけが立ち会った小さな攻防の勝利記録である。

だから、自信のある人間とは失敗しない人間のことではない、と断言したい。

むしろ、幾度となく失敗を重ねながらも、「あの日、逃げなかった自分」という一点だけは正確に記憶している人間のことだ。振られた告白も、通らなかった面接も、涙で終わった別れ話も――そのすべてが、実は「逃げなかった記憶」という名の在庫として、心の最奥に整然と保管されている。

#自己肯定感

興味深いのは、この在庫が決して腐敗しないという点だ。

その夜の恋が実らずとも、その仕事が結実せずとも、「逃げなかった」という一点の事実だけは色褪せることがない。むしろ歳月を経るほどに、思いがけない局面で不意に顔を出す。気まずい相手とエレベーターで二人きりになった瞬間、初対面ばかりの席で誰も話しかけてこない瞬間――「そういえば、あの時も逃げなかった」という記憶が、静かに背中を押してくる。

だとすれば、いま逃げたい夜のただ中にいるあなたへ、伝えたいことがある。

#小さな勇気

その夜をやり過ごすのは容易い。明日にすればいい、次でいい――そう自分に言い聞かせる術は、いくらでも用意されている。けれど、もし今夜、わずかでも勇気を振り絞って一歩を踏み出せたなら。その結果が成功であろうと失敗であろうと関係なく、あなたの内側には、決して消えない記憶が一つ刻まれる。

自信とは、才能でも性格でもない。それは、いまのあなたが未来のあなたへと密かに手渡す、たった一つの贈り物なのだ。

#朝焼け

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