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指揮者ブルーノ・ワルター生誕150周年♪

前回に、指揮者フルトヴェングラーとゲッベルスの書簡を紹介しましたが、今年はブルーノ・ワルター生誕150周年ですので、さらにワルター関連の別の書簡を読んで、ベルリン・フィルとの関係を振り返ってみます💐 

指揮者:ブルーノ・ワルター
生年月日:1876年9月15日

ドイツ系ユダヤ人の家庭に生まれ、本名はシュレジンガー。幼少期からピアノの才能を発揮し、8歳でシュテルン音楽院に入学。当初はピアニストを目指したが、ハンス・フォン・ビューローの指揮に感銘を受け、指揮者の道へ転向。1894年ケルンで指揮者デビュー後、ハンブルクでグスタフ・マーラーの助手となり、深い師弟関係を築く。

1901年からウィーン宮廷歌劇場でマーラーの右腕として活躍し、マーラーの作品の普及に大きく貢献した。その後、ミュンヘン・オペラ音楽監督(1913–1922)、ベルリン市立歌劇場音楽監督(1925–1929)、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団常任指揮者(1929–1933)などを歴任。ザルツブルク音楽祭でも重要な役割を果たした。

ヒトラー自身も以前から「ベルリンのオペラにユダヤ人指揮者がいる」と名指しでワルターを本名のシュレディンガーと強調していました。

1933年ナチス政権によりドイツを追放され、オーストリア、スイス、フランスを経て1939年にアメリカへ亡命。ニューヨーク・フィルハーモニックやメトロポリタン歌劇場などで活躍し、晩年はコロンビア交響楽団との録音で知られる。

Grok
本名:ブルーノ・シュレジンガー(Bruno Schlesinger):

1920年代前半〜1933年にかけて、「ブルーノ・ワルター演奏会(Bruno-Walter-Konzerte)」という独自のシリーズをベルリン・フィルと開催。

1933年ヒトラーが首相に就任

直後の1933年3月 当時ブルーノ・ワルターが首席指揮者の予定されていた ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会を、ナチスは「秩序と安全を脅かす」として禁止しました。 3月20日に予定 されていたベルリン・フィルハーモニーとの演奏会は、宣伝省ゲッベルス側から「不愉快なデモや会場内での暴力が起きる可能性がある」と通告されて、ワルターは自ら出演を辞退しました。そして代役指揮者は、R・シュトラウスになりました。

🔴1933年のワルター排斥に対して、フルトヴェングラーはゲッベルスに抗議の手紙を送っています。しかし戦後、ワルターはフルトヴェングラーがドイツに残ったことを厳しく批判しました。

ブルーノ・ワルター亡命


その後ワルターはすぐにドイツを離れ、ウィーンに活動の場を移しましたが、1938年のアンシュルス併合の結果アメリカに亡命しました。

アメリカ時代のブルーノ・ワルター

フルトヴェングラーから抗議の手紙

1933年4月、フルトヴェングラーはワルターなどユダヤ人音楽家に対する排斥運動に激しく抗議して、宣伝相ゲッベルスに公開書簡を送りました。そしてゲッベルスもそれに返信しました。両者の手紙は4月11日に新聞『フォッシシェ・ツァイトゥング』などに同時掲載されています。

ナチス時代に指揮をするフルトヴェングラー

フルトヴェングラーの手紙

拝啓 帝国大臣殿

長年ドイツの公衆の前で活動し、ドイツ音楽と内面的に結びついてきた者として、申し上げます。我々が皆、感謝と喜びをもって歓迎する国民的尊厳の回復と、必ずしも結びつく必要のない音楽界の出来事に、ご注意を促したく存じます。私はここで全く芸術家として感じております。芸術と芸術家は結びつけるためにあり、分けるためにあるのではありません。私が最終的に認める境界線はただ一つ、良い芸術と悪い芸術の境界線だけです。

しかし今、ユダヤ人と非ユダヤ人の境界線が、当該者の国家政治的態度に何ら非難の余地がない場合でさえ、ほとんど理論的な容赦なさで引かれている一方、音楽生活にとって長期的に極めて重要、いや決定的なもう一つの境界線——良いものと悪いものの境界線——が余りにも軽視されています。

今日の音楽生活は、世界恐慌やラジオなどによってすでに弱っており、これ以上の実験に耐えられません。音楽を、ジャガイモやパンのような他の生活必需品のように割当制にすることはできません。コンサートで何も提供されなければ、人々は単に来ません。それゆえ音楽にとって質の問題は、理想の問題であるだけでなく、文字通り生死の問題なのです。

ユダヤ人に対する戦いが、主として、自らは根無し草で破壊的であり、キッチュや乾いた名人芸などによって効果を得ようとする芸術家に向けられるなら、それは正しいことです。彼らと、彼らが体現する精神——ちなみにゲルマン人の代表者もいる——に対する戦いは、十分に徹底的かつ一貫して行われるべきです。しかしこの戦いが真の芸術家にも向けられるなら、それは文化生活の利益になりません。芸術家はどこであれ余りにも稀少であり、いかなる国も文化的損失なしにその活動を放棄することはできないからです。それゆえ、ワルター、クレンペラー、ラインハルトといった人々が、今後ドイツで自らの芸術をもって発言できるようにしなければならない、と明確に述べられねばなりません。

だからもう一度申し上げます。我々の戦いは、根無し草で分解的、浅薄で破壊的な精神に向けられるべきであり、真の芸術家に向けられるべきではありません。真の芸術家は、その芸術をどう評価しようとも、常に形を与える者であり、それゆえ建設的に働くのです。この意味で、ドイツ芸術の名において、おそらくもはや取り返しのつかないことになることを防ぐよう、貴殿に訴えます。

          敬具 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー



ゲッベルスの返信

上のフルトヴェングラー手紙に対して、ゲッベルスが公開で返信しました。

拝啓 総音楽監督殿

貴殿の手紙により、国民的に規定されたドイツの生命力が、芸術一般および音楽に対してどのような態度をとるかを説明する機会を得たことを感謝します。ドイツ芸術家の名において、国民的尊厳の回復を感謝と喜びをもって歓迎すると冒頭で強調されたことは、特に喜ばしく思います。

それが違うなどとは一度も考えませんでした。我々がドイツ再建のために戦う戦いは、ドイツの芸術家にとって受動的であるだけでなく能動的でもあると信じるからです。帝国宰相が政権掌握の3年前に公に述べた言葉を引用します。「ドイツの芸術家が、我々がいつか彼らのために何をするかを知っていたなら、我々と戦うのではなく、我々と共に戦っただろう。」

芸術家として感じ、物事を芸術的観点からだけ見るのは貴殿の正当な権利です。しかしそれは、ドイツで起きた全体の発展に対して非政治的でいられる、ということにはなりません。政治もまた芸術であり、おそらく最も高く包括的な芸術です。現代ドイツ政治を形づくる我々は、その際、大衆という粗い素材から、堅固で形ある民族の構築物を形づくる責任ある課題を託された、芸術家的人間だと感じています。

芸術と芸術家の課題は、単に結びつけることではありません。それ以上に、形を与え、病んだものを取り除き、健全なものに自由な道を開くことです。それゆえ私はドイツの政治家として、貴殿が認めるただ一つの境界線——良い芸術と悪い芸術の境界線——だけを認めることはできません。芸術は良いだけでなく、民衆的に規定されていなければなりません。より正確に言えば、豊かな民族性そのものから汲み取る芸術だけが、最終的に良く、それが作られる民衆にとって意味を持ちうるのです。自由主義的民主主義が知るような絶対的意味での芸術はあってはなりません。

芸術は良くなければなりません。しかしそれ以上に、責任を自覚し、巧みで、民衆に近く、戦闘的でなければなりません。

もはや実験に耐えられない、という点は認めます。しかし、ドイツの芸術生活がほとんど専ら、民衆と人種に疎遠な要素の実験熱によって支配され、それによってドイツ芸術の名声が全世界の前で傷つけられていた時代にこそ、芸術的実験に抗議すべきでした。

真の芸術家は稀少です。それゆえ彼らを助成し支援しなければなりません。しかしその場合、実際に真の芸術家でなければなりません。彼らは今後もドイツで自らの芸術をもって発言できるでしょう。ワルター、クレンペラー、ラインハルトらがここかしこで演奏会を中止せざるを得なかったことを嘆くのは、今のところ余り適切とは思えません。なぜなら過去14年間、真のドイツ人芸術家がしばしば確信をもって沈黙を強いられてきたからです。そして我々も承認しない最近数週間の出来事は、この事実に対する自然な反応にすぎません。いずれにせよ、真の芸術家には無条件の活動の場が与えられるべきだと考えます。ただしその者は、貴殿自身が言うように、建設的で創造的な人間でなければならず、貴殿が正当に非難する根無し草で分解的、浅薄で破壊的な、多くの場合ただ技術だけの達人の側に立ってはなりません。

1933年4月11日前後の『フォッシシェ・ツァイトゥング』『ベルリン・ローカル・アンツァイガー』などに掲載された公開書簡です。

ドイツ語の原文も載せておきますね。

Sehr geehrter Herr Generalmusikdirektor!

Ich begrüße es dankbar, daß ich auf Grund Ihres Briefes Gelegenheit habe, Ihnen Aufschluß über die Haltung der national bedingten deutschen Lebenskräfte zur Kunst im allgemeinen und zur Musik im besonderen geben zu können. Dabei freut es mich außerordentlich, daß Sie im Namen der deutschen Künstlerschaft gleich zu Beginn Ihres Schreibens betonen, daß Sie die Wiederherstellung unserer nationalen Würde dankbar und freudig begrüßen.

Ich habe niemals angenommen, daß das anders sein könnte. Denn ich glaube, der Kampf, den wir um Deutschlands Wiedergestaltung führen, geht den deutschen Künstler nicht nur passiv, sondern auch aktiv an. Ich berufe mich hier auf ein Wort, das der Reichskanzler drei Jahre vor unserer Machtübernahme in der Öffentlichkeit gesprochen hat: „Wenn die deutschen Künstler wüßten, was wir einmal für sie tun werden, dann würden sie uns nicht bekämpfen, sondern mit uns fechten.“

Es ist Ihr gutes Recht, sich als Künstler zu fühlen und die Dinge auch lediglich vom künstlerischen Standpunkt aus zu sehen. Das aber bedingt nicht, daß Sie der ganzen Entwicklung, die in Deutschland Platz gegriffen hat, unpolitisch gegenüberstehen. Auch die Politik ist eine Kunst, vielleicht die höchste und umfassendste, die es gibt. Und wir, die wir die moderne deutsche Politik gestalten, fühlen uns dabei als künstlerische Menschen, denen die verantwortungsvolle Aufgabe anvertraut ist, aus dem rohen Stoff der Masse das feste und gestalthafte Gebilde des Volkes zu formen.

Es ist nicht nur die Aufgabe der Kunst und des Künstlers, zu verbinden; es ist weit darüber hinaus ihre Aufgabe, zu formen, Gestalt zu geben, Krankes zu beseitigen und Gesundem freie Bahn zu schaffen. Ich vermag deshalb als deutscher Politiker nicht lediglich den einen Trennungsstrich anzuerkennen, den Sie wahrhaben wollen: den zwischen guter und schlechter Kunst. Die Kunst soll nicht nur gut sein, sie muß auch volksmäßig bedingt erscheinen, oder besser gesagt, lediglich eine Kunst, die aus dem vollen Volkstum selbst schöpft, kann am Ende gut sein und dem Volke, für das sie geschaffen wird, etwas bedeuten. Kunst im absoluten Sinne, so wie der liberale Demokratismus sie kennt, darf es nicht geben.

Gut muß die Kunst sein: darüber hinaus aber auch verantwortungsbewußt, gekonnt, volksnahe und kämpferisch.

Daß sie keine Experimente mehr verträgt, gestehe ich gern zu. Es wäre aber angebracht gewesen, gegen künstlerische Experimente zu protestieren in einer Zeit, in der das deutsche Kunstleben fast ausschließlich von der Experimentiersucht volks- und rassenfremder Elemente bestimmt und dadurch das deutsche künstlerische Ansehen vor der ganzen Welt belastet und kompromittiert wurde.

Wirkliche Künstler sind rar. Man muß sie deshalb fördern und unterstützen. Es sollen dann aber in der Tat wirkliche Künstler sein. Sie werden in Deutschland auch in Zukunft mit ihrer Kunst immer zu Worte kommen können. Dagegen zu klagen, daß hier und da Männer wie Walter, Klemperer, Reinhardt usw. Konzerte absagen mußten, erscheint mir im Augenblick um so weniger angebracht, als wirkliche deutsche Künstler in den vergangenen 14 Jahren vielfach überzeugt zum Schweigen verurteilt waren, und die auch von uns nicht gebilligten Vorgänge in den letzten Wochen nur eine natürliche Reaktion auf diese Tatsache darstellen. Jedenfalls aber bin ich der Meinung, daß jedem wirklichen Künstler bei uns das Feld zur unbedingten Wirksamkeit freigegeben sein soll. Er muß dann aber, wie Sie selbst sagen, ein aufbauender, schöpferischer Mensch sein und darf nicht auf der Seite der von Ihnen mit Recht gegeißelten wurzellosen, zersetzenden, verflachend destruktiven, meistens nur technischen Könner stehen.

ゲッベルスの家族

ありがとうございました♪

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