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映像の世紀バタフライエフェクト(92)「シークレットサービス 大統領の盾となる者たち」

2026年7月23日(木)

映像の世紀バタフライエフェクト(92)「シークレットサービス 大統領の盾となる者たち」を見た。

1902年セオドア・ルーズベルトの時から大統領警護を始めた。それまでに3人の大統領が暗殺されていた。1933年フランクリン・ルーズベルトが撃たれる。1949年トルーマンが撃たれ、シークレットサービスが死亡。1951年シークレットサービスが法制化される。

1963年翌年の再選を目指すジョンF. ケネディがテキサス州ダラスで暗殺される。このときいた28人のシークレットサービスの中にジャックリーヌ夫人を担当したクリント・ヒルがいた。容疑者オズワルドも2日後に射殺された。ヒルは最高勇敢賞を授与されるが、3週間後に自殺未遂、その後アルコール依存になる。ケネディへの3発目の銃撃に間に合わなかったことを悔いた。

1968年民主党予備選に勝った弟のロバート・ケネディが暗殺される。候補者にはシークレットサービスがついていなかった。翌日法が改正される。

1981年レーガン大統領が就任したが、銃撃され胸を負傷した。そのときのシークレットサービスにジェリー・パーがいた。パーは1939年の「シークレットサービスの掟」という映画を見てこの職を選んだ。そこにはレーガンが出演していた。この銃撃のとき頭に負傷したジェームズ・ブレイディは銃規制に動き、1993年にブレイディ法が成立した。しかし、1998年にこれは失効した。2001年9.11テロのあと、銃の売り上げは伸びた。

9.11テロのあと、テロ対策に予算が注がれ、シークレットサービスの予算は縮小された。2022-23年に危険性の割に給与が低いため1400人が退職した。2024年トランプが銃撃され、そのとき3人の女性シークレットサービスがいたことが批判され長官が辞任した。2025年アルコール依存から立ち直ったヒルが死去。「今民主主義は崖っぷちにいる。その中でシークレットサービスはよくやっている」

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