62歳ちいかわミリしらが『映画 人魚の島のひみつ』で涙、涙。言葉のない世界に見たナガノ先生の凄み
こんにちは、Mulanです。
フリーのキャリアコンサルタントで、学生や社会人のキャリア支援をしたり時々、講師として研修をしたりしています。
さて、先日、話題の『ちいかわ映画 人魚島のひみつ』を鑑賞してきました。観終わってから時間を追うごとに色々と思考が巡るので、文章に残してみようと思います。
なぜ“ミリしら”の私が映画館へ?
実は私、ちいかわのストーリーもキャラクターも全く知らない“ミリしら”状態でした。
ですが、推し活に勤しむ20歳下の後輩Aちゃんや、X(旧Twitter)での盛り上がりを見ているうちに「これは観なあかんやつやろ!」と一発発起。映画館へと足を運んだのです。
後半30分、ずーっと溢れた涙の正体
観た感想を一言で言うなら、後半30分は本当に終始胸がギュっと締め付けられ涙が止まりませんでした。 分かりやすいお涙頂戴の場面というわけではありません。ただただ「切ない」という感情がぴったりでした。
観ながら思い出していたのは、「事実はひとつだけれど、真実はそれぞれにある」という言葉です。
映画で語られるストーリーという“事実”は1つ。だけど、登場人物それぞれの“真実”がある。それぞれの行動には、大切なものを守るための正義や意味があり、そして人は意図せず他者を傷つけてしまうことがある。
自分が生きてきたこれまでの人生や、いま周りで起こっていることと重なり合い、胸がギュッと締め付けられました。
言葉の説明を省く「描き方」の凄み
ストーリーだけでなく、作品の「描き方」にも深く感銘を受けました。
ちいかわ: ほぼ言葉を発せず、擬音や表情で感情を表現。繊細で臆病だが、誰かのために前に進む強さを持つ。
うさぎ: 奇声と叫び声のみ。予測不能だが高いスキルでピンチを救う。
ハチワレ: 言葉を完璧に話し、通訳的存在。少し鈍感なところが、繊細なちいかわにとって救いになっている。
一から十まで言葉で説明されるわけではなく、多くが観る側の想像力や観察力に委ねられています。
その最たるものが、物語の鍵となる「ヒトハとフタバの回想シーン」です。 彼らは言葉を発しないどころか、顔すら描かれていません。それなのに、その時の気持ちが痛いほど伝わってくる。
観る人の力量を信じて委ねる作品作りに、作者・ナガノさんの凄みとクリエイターとしての矜持を感じました。
「物語はひとつだけど、観た人それぞれに受け取り方がある」 そんな懐の深い素晴らしい映画でした。はぁ〜観た人と語り合いたい!!(笑)
