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福井の風土が育てる気品――黒龍に抱き続ける憧れ

 日本酒を本格的に学び始めた頃、「勉強のために、一度は飲んでおかなければ」と思っていた銘柄がいくつかありました。福井を代表する酒蔵、黒龍酒造の「石田屋」「二左衛門」「八十八号」も、そのような存在でした。

初めて口にしたのは、もう20年以上前のことです。当時から簡単に出会える酒ではなく、いただく機会そのものに少し緊張したことを覚えています。現在もこれらは生産本数が限られ、通年で希望者全員に届けることが難しい限定酒として扱われています。ただ、実際に飲んで印象に残ったのは、希少性や価格ではありませんでした。

香りは華やかでありながら、決して前に出すぎない。口に含むと、透明感のある味わいが静かに広がり、最後には細く長い余韻が残る。その姿には、どこか凛とした気品がありました。強さを誇示するのではなく、細部を丁寧に整えることで存在感を示す。華美ではないのに、自然と背筋が伸びるような感覚があります。若い頃の自分にとって、黒龍は単に「おいしい日本酒」というだけでなく、いつかその良さをきちんと理解できるようになりたいと思わせる、憧れに近い酒だったように思います。

もちろん、その後は希少銘柄だけでなく、「黒龍 大吟醸 龍」「しずく」「いっちょらい」をはじめ、日常の食卓に寄り添う酒まで、一通り飲ませていただきました。そこで感じるのは、石田屋や二左衛門だけが特別に気品を備えているわけではないということです。価格や精米歩合、香りの強さは違っても、酒質の輪郭が整い、余分なものを感じさせない。黒龍の酒には、共通する美意識が流れているように思います。

黒龍酒造の創業は1804年、江戸時代の文化元年です。初代・石田屋二左衛門が、現在の福井県永平寺町松岡で酒造りを始めました。「黒龍」という名は、蔵の近くを流れる九頭竜川の古い呼び名である「黒龍川」に由来するとされています。石田屋と二左衛門という二つの最高峰銘柄の名前は、その長い歴史の原点そのものでもあります。

黒龍の酒質を語るうえで欠かせないのが、福井の水と気候です。

酒蔵の地下には、白山水系から流れ込む九頭竜川の伏流水があります。奥越前には酒米を育てる田園が広がり、冬には日本海側特有の厳しい寒さと雪が訪れます。低い気温の中でゆっくりと発酵を進められる環境が、黒龍の繊細で落ち着いた酒質を支えています。福井は米どころであり、五百万石をはじめ、越の雫、さかほまれ、九頭竜など、さまざまな酒米が栽培されています。白山の山々に降った雨や雪が長い時間をかけて地中を通り、伏流水となって地域を潤します。豊かな米と良質な水、そして寒い冬。この三つが揃う福井は、日本酒造りに恵まれた土地だといえるでしょう。

さらに福井には、日本海の魚介、越前がに、九頭竜川の鮎、山里の幸、へしこや小鯛のささ漬けなど、素材の持ち味を生かした食文化があります。黒龍が目指してきたのも、酒だけで圧倒するのではなく、料理の味を引き立て、食事の時間全体を整える酒でした。蔵元自身も、繊細な旨みとほどよい風味を備え、福井の食に寄り添う上品な食中酒を掲げています。

一方で、黒龍酒造は伝統を守るだけの酒蔵ではありません。

1970年代には日本酒を冷やして楽しむスタイルを提案し、1975年には「黒龍 大吟醸 龍」を発売するなど、早くから高品質な吟醸酒を一般の愛飲家に届けることに取り組んできました。現在では珍しくない「冷酒」や「市販の大吟醸」も、当時としては新しい挑戦でした。黒龍の気品は、単に米を多く磨けば生まれるものではないのでしょう。福井の水と冬、蔵人の技術、低温で酒を育てる時間、料理とともに味わうことを前提にした設計。そして、伝統を尊重しながら、新しい日本酒の楽しみ方を提案し続ける姿勢。それらが重なり合って、あの端正な味わいをつくっているのだと思います。

石田屋や二左衛門、八十八号を初めて飲んでから、すでに20年以上が過ぎました。今、改めて黒龍を口にすると、若い頃に感じた憧れとは少し違う感覚があります。

華やかさを追いかけるのではなく、積み重ねによって品格をつくる。目立つことよりも、飲む人や料理のことを考え抜く。その控えめでありながら揺るがない姿勢に、黒龍という酒の本当の魅力があるのではないでしょうか。

日本酒を長く飲み続けていると、驚きの大きさよりも、静かに心に残り続ける酒に惹かれるようになります。

黒龍は、まさにそのような酒です。

福井の風土を映しながら、時代が変わっても失われない気品を、一杯の中に静かに宿しているのです。

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