夫のバイトデビュー
8月は各地で自然災害のニュースが相次いだ月でした。
熊本での地震、千葉での大雨、そして直近では福井での大雨と、テレビをつけるたびに心配なニュースが飛び込んでくる日々が続きました。
被害に遭われた地域の方々のことを思うと、胸が痛みます。
そんな8月、我が家では夫がついにアルバイトデビューを果たしました。
今回はそのことについて記録しておきたいと思います。
夫がアルバイトに応募したのは7月のことでした。
面接までこぎつけ7月末にはオリエンテーションを受けていたようです。
バイト先はチェーン展開している某ラーメン屋さんです。
夫は1人で何度か通ってたそうな。
そこからシフトが決まるまでには、思いのほか時間がかかりました。
結局、8月末になるまでシフトが入ることはありませんでした。
収入のない日々の中で、夫は焦りを抱えながらも、初出勤の日を心待ちにしていたようです。
そしてついに迎えたバイト初日。
勤務時間は4時間という短いものでした。
接客やキッチンなどの基本業務にはまだ入らず、座学を覚えるための時間だったようです。
それでも、新しいことを覚えるというのはそれなりに気を張るものなのだろうと思います。
帰ってきた夫は疲れた様子を見せながらも、どこか晴れやかな良い笑顔をしていました。
帰宅してすぐ夫は制服を持ち帰ってきて、そのまま洗濯機を回していました。
「翌日も着るから」と少し急いだ様子でした。
その日の夜、制服のズボンの裾上げが必要だということで、夫から「夜、裾上げの手伝いをお願いしたい」と言われました。
子どもを寝かしつけた後、裾上げを手伝うことにしました。
粘着テープをアイロンで貼り付けて裾を固定するタイプのもので、作業自体はそれほど難しいものではありませんでした。
夫がズボンを履いてみて「これくらいかな」と当たり付けをしているのを見て
「もう少し長い方が良いよ」なんてアドバイスをしていました。
裾の長さが決まったところで夫がトイレに行こうとしました。
冗談めかして「トイレに行ってる間に裾上げしてくれていいんだよ」と言いました。
冗談だろうというのはわかっていましたが、それならばとその言葉をそのまま受け取って、夫が戻ってくるまでに裾上げを終わらせてしまうことにしました。
戻ってきたときの顔を見るのが、少し楽しみだったのだと思います。
案の定、夫は非常に驚いた様子で、
「え!?ホントにやってれたの!?」
と喜んでくれました。
「凄く助かったよ。ありがとう。」
としっかりお礼も受け取りました。
夫は正直不器用な人。
裁縫のボタンも留められないくらい。
正直今回の裾上げも自分のこととは言え、
自信がなかったんだと思います。
ちょっとしたやり取りでしたが、こういう些細な瞬間に、日々の疲れが少しほぐれるような気がします。
その夜、お風呂に入っている間も、夫は挨拶の言葉や商品を提供する際のフレーズをぶつぶつと復習していたようです。
湯船の中でまで仕事のことを考えているのかと思うと、それだけ緊張感と気合いが入っていたのだろうと思います。
お風呂上がりに少し楽しそうに「復習してた♪」と報告までもらいました。
翌日
2日目の勤務では、実際にお客さんの前に立って接客をするという経験に加えて、ラーメンの盛り付けも実践させてもらったそうです。
帰ってきてその話をする夫の表情は、とても楽しそうでした。
盛り付けをしながら「このラーメン、美味しそうだな」と思いながら手を動かしていたのだと、少し照れくさそうに話してくれました。
一緒に働くメンバーもとても感じの良い人たちが揃っていて、前向きに取り組む夫の姿に、励ましや応援の言葉をかけてくれたと聞きました。
夫は今30代の半ばです。
一方でアルバイト先に集まっているのは20代前半の若いメンバーが中心のようで、年齢だけを見れば夫のほうが年上ということになります。
それでも新人として入った夫に対して、謙虚な姿勢で向き合ってくれるメンバーの存在には、感謝しかありません。
正直に言えば、アルバイトを始める前、
私はどこか懸念を抱いていました。
新しい環境に入るということは、自分が一番の新人になるということでもあります。
人との付き合いには気を遣う場面も多く、そこにストレスがかかるであろうことは、私自身もよくわかっているつもりでした。
年齢や立場のことも含め、何かしらの摩擦が起きないだろうかと、心のどこかで身構えていたのだと思います。
けれど実際には、そういった心配は杞憂に終わったようでした。
「人が良かった」という感想とともに、良い表情で帰ってきた夫を見て、私は静かに安堵しました。
夫は少し気難しいところがあるので、
人間関係に恵まれて心底安心したのを覚えています。
とはいえ、シフトの数はまだそれほど多く入れてもらえていないようです。
金銭面での焦りは、相変わらず夫の中にあるのだろうと思います。
それでも少しでも早く一人前になろうとしているのか、家に帰ってからも研修の内容を復習している姿を見かけます。
子どもたちはまだ「アルバイト」という言葉自体を理解していません。
普段から夫が家で仕事をしている姿を見ているので、パパの仕事が増えたという認識までは持っていないのだと思います。
ただ、寝かしつけの際には、私が子どもたちに「パパ、お仕事がんばってね」と声をかけてから眠りにつくことが多くあります。
子どもたちなりに、パパが何かを頑張っているということだけは、なんとなく感じ取っているのかもしれません。
正直なところ、私の中には「去年の時点でアルバイトを始めていれば良かったのではないか」という気持ちが、まったくないわけではありません。
フリーランスとして働きながら、収入が思うように増えない焦りの中で、アルバイトという選択肢はおそらく夫にとって最終手段のようなものだったのだと思います。
だからこそ、そこに至るまでに時間がかかったのも、無理のないことなのかもしれません。
フリーランスになり、ビジネススクールに入ってから、気づけば1年が経とうとしています。
1年経った今も収入がゼロの状態が続いていることに、夫自身も落胆しているようでした。
正直なところ、そうなる可能性については、私はある程度想定していたことではあります。
焦るあまり、家族に八つ当たりをしてしまう日も、時々あります。
そういう時は、私も気持ちが沈んでしまい、うまく支えられないことがあります。
正直、そういう日は私自身の心もすり減っていくのを感じます。
それでも、誰かにその感情をぶつけるわけにもいかず、静かに飲み込んで、また次の日を迎えるという繰り返しです。
私自身、産後からPMDDの治療を続けています。
気分の波が大きくなったり、些細なことにイライラしてしまったり、逆に何もかもがどうでもよくなってしまうような感覚に陥ることがあります。
それでも薬のお陰で寝込む頻度はガクッと減りました。
翌日も気分の落ち込みは引きずらない感覚があります。
フルタイムで働きながら二人の子どもを育て、その上で家計を支えるという状況は、体調が安定している時でさえ簡単なことではありません。
夫が焦りから家族に当たってしまう日と、
私自身の調子が悪い日が重なってしまうと、
正直かなりしんどいと感じます。
頭ではわかっていても、心がついていかないという状態です。
そんな時は、無理に頑張ろうとせず、最低限のことだけをこなして、あとは早めに布団に入るようにしています。
完璧を目指さないことも、ここ数年で身につけた大事な工夫のひとつかもしれません。
PMDDの治療も一年以上経ち、
ジエノゲストの投薬も10月で一年が経とうとしています。
この辺の記事もまた書いていけたらと考えています。
そして家族全員の生活を支えていかなければならない責任は、私の中に変わらずあります。
この責任は、誰かに与えられたものというより、いつの間にか自分の中に根付いていたもののように思います。
夫の収入がゼロの状態が2年以上続いているという事実は、決して軽いものではありません。
フルタイムで働きながら、家事や育児の多くを担い、自分自身の体調とも向き合いながら、その上で家計の柱でもあり続けるという生活は、正直に言えば楽なものではありません。
それでも、この生活を選んでいるのは他でもない私自身であり、その選択には後悔よりも、静かな覚悟の方が大きいように感じています。
夫を信じるかどうかと、夫を支えるかどうかは、実は別の話なのかもしれないと最近思うようになりました。
信じ切れない瞬間があっても、支えることをやめない。
そのふたつは矛盾なく両立できるものなのだと、夫との衝突を経て少しずつわかってきた気がします。
子どもたちの前では、努めて普段通りでいたいと思っています。
パパが今どんな状況にあるのかを、子どもたちが理解できる日が来るまでには、まだ時間がかかるでしょう。
それでも、家の中の空気が不安定にならないように整えることも、今の私の役割のひとつなのだと思っています。
その責任を抱えながらも、少しずつ、少しずつ、夫の思いにできるだけ寄り添っていけたらと思っています。
子どもたちがたくさん笑顔でいられるように、そして自分自身も潰れてしまわないように、バランスを取りながら日々を積み重ねていきたいです。
夫のペースは、私のペースとは違うと記事を書きながら改めて感じました。
それでも、夫のペースを尊重しながら、これからも家族を支え、応援を続けていきたいと思います。
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