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この橋は、揺れていいことになっている

なぜ橋のことを調べていたのか、いまでも思い出せません。
数年前の初夏、私は橋の本を読んでいました。

『プロが教える 橋の構造と建設がわかる本』という題名です。
仕事で必要だったわけでも、どこかへ行く予定があったわけでもありません。

それまで私は、橋というものは、壊れないように作るのだと思っていました。
強い材料を使う。頑丈に組む。風が吹いても、地震が来ても、できるだけ動かないようにする。
そういうものだと思っていました。


本に書いてあったのは、少し違う話でした。

大きな橋を設計するときは、まず、橋を架ける場所にどんな風が吹くのかを調べる。
風向きや風速を、一年、二年とかけて観測することもある。

橋を架ける前に、です。

そこで手が止まりました。

まだ何も建っていない川の上や谷のあいだで、一年以上、風だけを測っている人がいる。
その光景を想像すると、とても静かな仕事に思えました。


風の様子が分かったら、今度は橋の模型を作ります。
風洞という装置の中で、実際に風を当てて、どんなふうに揺れるのかを確かめる。

計算だけでは分からないことは、風を吹かせて見てみる。
ひとつずつ、確かめてから作っていく。

いちばん意外だったのは、その先でした。

地震の多い日本で大きな橋を作るとき、何が起きてもまったく動かないものを目指すわけではない。

ある程度は揺れる。

大きな地震に対しては、変形や損傷をある範囲で受け入れながら、致命的な壊れ方をしないように考える。

本には「許容」という言葉が何度も出てきました。

許容。

そこが妙に引っかかりました。


材料には、それぞれ、どのくらいの力までなら使えるかという基準があります。

設計では、実際にかかると考えられる力を計算して、それが決められた範囲に収まっているかを確かめる。
超えていれば、部材を太くしたり、形を変えたりする。

作ってから、どこまで耐えられるかを見るのではありません。
先に線を引いてから、作り始める。

壊れないものを作るのではなく、どこまでを許すのかを先に決めておく。

専門の人から見れば、そんな単純な話ではないのだと思います。
ただ、当時の私にはそう聞こえました。


三角形に組んだ橋の骨組みのことも、そのころ知りました。

トラス橋というものです。

三角形に組むことで、それぞれの部材が、主に押される力か、引っ張られる力を受け持つ。

私はそれを、
力を受け流せる形
と覚えました。

たぶん、その言葉が気に入ったのだと思います。

受け流す。

その夏、私は何度もその言葉を使っていました。


橋のことは、それきりほとんど調べていません。
ただ、長い橋を渡るとき、ときどき思い出します。

この橋は、揺れていいことになっている。


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