モラトリアム、タキマキシンドローム、青木マッチョ
10月から21年ぶりに無職になり、私は、朝子供を送ったらそのままジムかヨガ、そこから帰って食事や家事や断捨離、午後から近所のコワーキングスペースに移動し転職活動、夕方に子供を迎えに行き、夕飯を作り、夜を過ごしている。
そんなタキマキも頷くスケジュールを立てていた。
中年女が患うただのタキマキシンドロームだ。
どうしたらそんなことを思い描けたのだろう。自分をタキマキに投影していた愚か者だ。タキマキシンドロームの主症状。見えてしまうのだ、タキマキになった私が。もちろん、今日にかけてそんな日は一度たりとも来ていない。いつも時間ギリギリ、暑過ぎてバテているか、寒過ぎて縮こまっている。ダメージの少ない秋は、朝から張り切って行ったヨガの最中にぎっくり腰になり台無しにした。いや、ぎっくり腰にならなくても、朝からヨガに行った優越感でそのあとの自分を甘やかしていただろうし、その先もずっとタキマキの私は存在しなかったと断言できる。
このモラトリアム期に新しく覚えたのが、青木マッチョだ。夏休み子供が見ていたラビットを眺めていると、無表情、マッシュルームカットでチェックの半袖シャツを着た青木マッチョの存在を否が応でも知ることになる。最初は何が面白いのか分からなかったのだが、スタジオセットのどこかに隠れて、顔を青く塗ったりしていても毎回無表情で突然登場する演出にだんだんと面白さを感じるようになり、今や青木マッチョがテレビに出ると、ニヤニヤしてしまう。

過去のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」は長男の出産時期を思い出すし、みんなのうた「パプリカ」は長女の出産時期を自然と思い出す。
3月から復職することにした今、今後青木マッチョを見たら(消えないで)、この無職の日々を思い出し、きっと懐かしく思うだろうと予測している。
タキマキには分かるまい。
