英語修行

『国家の品格』の中で作者の藤原正彦氏はこんなことを書いている。

《イギリスのケンブリッジ大学で数学の大教授と会って、自己紹介をした。すると、挨拶もそこそこに、大教授はこう訊いて来た。
「夏目漱石の『こころ』の先生の自殺と三島由紀夫の自殺は何か関係があるのか?」
(中略)
 またロンドン駐在の商社マンは、あるお得意さんの家に夕食に呼ばれた。そこでいきなりこう訊かれた。
「縄文土器と弥生土器はどう違うんだ」
「元寇は2回あったが、前と後では何が違うのか?」
答えられないと、この人は文化のわからないつまらない人、ということになる》

 私はアメリカで、これと同じ経験を度々して、冷や汗をかいたことが何度もある。まず最初は簡単な自己紹介をする。
「はじめまして。お会いできてうれしいです。日本から来ました。趣味は剣道と居合道です」と、ここまで言うと、こんな質問が飛んでくる。
「宮本武蔵の独行道は何番目が好きですか?」
「織田信長は衆道だったんですか?」
「江戸時代の治水工事はどういう風だったんですか?」
「俳句には季語が必要だといいますが、なぜですか?」
「俳句の中の侘びさびとはどういうものですか?」
「武道の中にも、侘びさびがありますか?」
「葉隠れとはどういう意味ですか?」などなど・・・・・・
 初対面からこんなことを聞かれたのだ。彼らの頭の中では、おそらくこういう公式が成り立っているのだろう。
   剣道+居合道 = 日本伝統芸道
   日本伝統芸道が趣味 = 日本史&古典文学のエキスパート

 私は英検3級でアメリカに渡り、日本語が全くわからないアメリカ人と結婚した。言葉が通じなくても結婚はできるのである。わからないときは、辞書を見せて、「これこれ」と指させばいい。それでもだめならジェスチャーで伝える。まだ伝わらなければ絵を描く。どうしても伝わらなければ笑えばいい。日常会話はどうとでもなるのだ。

「私は日本人です。英語が下手です、たくさんは話せません」と言って、いやな顔をされたことは無い。つたない英語でも一生懸命、相手の目を見て話せば、にっこり笑って聞いてくれた。
「オー! ベリグッド、あなたの英語上手です」とほめられたこともある。
 しかし、「私は日本人です。でも日本史、知りません。古典文学、読んだことないです」というと、そこで会話はおしまい。
「そうですか、それではお元気で。バイバイ」
と極端な話こうなる。
 この話をヤフージャパンのブログで書いたことがある。50代くらいの女性から、自分も同じ経験をしたと言うメッセージをもらった。彼女は、娘の結婚式で渡米したとき、新郎の友人(アメリカ人)から、茶道に関する質問をされたと言っていた。この50代の女性は茶道の先生でもなんでもない。日本から来た普通のおばさんである。
主人の友人に、サンフランシスコクロニクルの編集者がいたので、短期間だが、彼から英語を教えてもらったことがある。
最初に言われたことは、「あなたはどういう英語を学びたいですか? どういう階層の人たちと友人になりたいですか?」
 英会話を学ぶときに、こんなことを考えたことは無かったので、彼の質問に答えられなかった。さらに彼はこんな話も聞かせてくれた。
 アメリカ社会は、極端に言えば、教育を受けた人と受けない人の2種類しかいない。教育を受けた人というのは、優秀な大学に行った人と言う意味ではなくマナーを心得た家庭で育ち、TPOによってきちんと言葉を使い分けることができる人。その反対に、教育を受けていない人と言うのは、スラングばかりで話し、礼儀作法も知らない人たち、刑務所の囚人のような人のこと。
そして彼からこう聞かれた
「あなたはどちらの人たちと友人になりたいですか?」
 もちろん、刑務所の囚人とは友人にはなりたくない。
「教育を受けた人と友人になりたいです」
 と私が答えると、「それなら先ず、これらの本を順番に読みなさい。他国の言葉を学ぶということはその国の文化を学ぶことです」といって、教えてくれた作家は、ヘミングウェイ、スタインベック、ウイリアム・フォークナー、スコット・フィッツジェラルド、サリンジャー、ロバート・ルイス・スティーブンソン、ジャック・ロンド、ガリソン・ケラー、リング・ラードナー、ジェームズ・サーバー。
 洋書責めで、英語ノイローゼになった時期がある。

 ある日、彼に質問した。
「私が武道を習っていると言うと、みんな日本のことを聞いてきますが、そんなにアメリカ人は日本に関心があるんですか?」
彼はこのように答えた。
「サンフランシスコは日系人が多いので、そうでしょうね。でも、実際、アメリカでアジア文化に関心があるのは少数です。たいていそういう人たちは、きちんとした教育を受けた人たちです。最近では、キリスト教を捨てて仏教を学ぼうと言う人たちも少しずつですが増えています。彼らは禅に興味がありますよ」
 このときは「アメリカ人が禅に興味がある、へぇ、そうなんだ」と軽い気持ちできいていた。仏教や禅にはさほど興味も無かったので、それに関する本も読んだことが無い。ところが、それから何年かたって、あるアメリカ人の年配の男性から、こんなことを質問された。
「色即是空、空即是色とはどういうことですか?」
 これには参った。日本語でも説明できないことを、どうやって英語にするのか。しかたが無いので、まずは勉強不足をわびて、このように答えておいた。
「武蔵が最後にたどり着いた心境だと思います」

 学生時代、勉強が大嫌いで遊んでばかりいた娘が、アメリカで初めて日本の歴史と古典文学の必要性を痛感した。


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