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金沢の老舗料亭「つば甚」のこと

金沢の老舗料亭「つば甚」で、鍔の物語を聞く

金沢で講演をさせていただく機会があり、出張してきました。

会場は、なんとあの「つば甚」さん!

……と、知ったかぶりしましたが、会場に向かうまで、この料亭の名前すら知りませんでした(笑)。

予備知識は、宿から向かったタクシーのドライバーさんから仕入れました。

「なんでも、お殿様お抱えの刀の鍔(つば)を作る職人さんの家だったらしいんですがな。太平の世になって刀も鍔も売れんようになった。それで没落しかけたところを、三代目の甚兵衛さんの料理の腕が前田のお殿様に認められて、料理屋に転身したちゅう話ですわ。まあ、与太話でどこまでホントかわかりませんけどね」

そんな話を頭に入れながら、つば甚へ向かいました。

タクシーを降りると、歴史を感じさせる立派な門構え。玄関で靴を脱ぎ、二階の大広間へ案内されます。
建物そのものが、すでにひとつの文化財のようでした。
一時間ほど講演をさせていただき、いよいよ宴会です。
金沢の海の幸と加賀料理、そして地酒。ご機嫌にならない人間はいません。私も例外ではなく、気持ちよく杯を重ねていました。

宴席を少し中座して厠へ向かう途中、ふと思い出したように仲居さんへ尋ねてみました。
「こちらは昔、鍔職人さんが始めたそうですね。鍔が埋め込まれた部屋があると聞いたのですが」
すると仲居さんは少し驚いた顔をして、
「よくご存じですね。見学できるかおかみに聞いてまいります」
と答えてくれました。

広間へ戻り談笑していると、
「おかみの許可が取れましたので、後ほどご案内いたします」
とのこと。

中締めが終わり、玄関で待っていると、仲居さんが声を掛けてくださいました。


案内されたのは一階にある「鶴の間」。
欄間には折り鶴の意匠が施されています。
その鶴は深く首を垂れていました。
理由を聞くと、
「お客様を見下ろす形になるのは失礼にあたりますので」
とのこと。

なるほど。
何百年も続く料亭には、こうした心配りが自然に息づいているのだと感心しました。

そして床の間の脇へ案内されます。
そこには大小さまざまな刀の鍔が壁板に埋め込まれていました。
丸いもの、木瓜形のもの、花を思わせるもの。透かし彫りが施されたものもあれば、草花をあしらったものもあります。
黒く落ち着いた鉄肌の中に、金の装飾が静かに光っているものもあります。
刀の付属品というより、小さな工芸品です。


私は刀剣について詳しくありませんが、それでも一つひとつに職人の美意識が宿っていることは十分に伝わってきました。
「日本刀を集める方はいらっしゃいますが、鍔を集める方はあまりいらっしゃらないんですよ」
と仲居さん。
確かにその通りでしょう。
けれども、こうして並んだ鍔を眺めていると、むしろ主役は刀ではなく、こちらだったのではないかとさえ思えてきます。

武士が腰に差していた刀は失われても、その刀を支えていた鍔は、今もこの部屋の中で静かに生き続けているのです。

ふと、玄関で見た暖簾のことを思い出しました。
藍色の暖簾に染め抜かれた白い紋。
最初は家紋か何かだろうと思っていましたが、よく見ると刀の鍔を図案化した意匠です。
中央の穴は刀身を通すための茎孔(なかごあな)。左右の穴も鍔特有の形を残しています。
店の名を「つば甚」と名乗り、暖簾にも鍔を掲げる。
四百年近い歴史の中で料理屋へ姿を変えながらも、自らのルーツを忘れていないのでしょう。

タクシーの運転手さんが話してくれた鍔職人の物語が史実かどうか、私には分かりません。
けれども、暖簾にも、床の間にも、そして店の名前にも「鍔」が残されているのを見ると、まんざら作り話とも思えませんでした。

戦国の世には武士を守り、江戸の世には武士の美意識を映し、そして現代では老舗料亭の歴史を語る。
小さな鉄の鍔は、四百年という歳月を生き抜いてきた証人なのかもしれません。
歴史とは案外こういうものなのでしょう。
古文書の中だけに残るものではなく、人から人へ語り継がれ、建物に刻まれ、暖簾に染め抜かれ、静かに受け継がれていくもの。

金沢の夜風に吹かれながら店を後にした私は、講演に来たつもりが、気がつけば一軒の料亭に残された四百年の物語を聞かせてもらったような気分になっていたのでした。







金沢で最も古い歴史を持つ老舗料亭「つば甚(つばじん)」

1. 歴史と起源
創業: 宝暦2年(1752年)。金沢で最も古い歴史を持つ料亭として知られています。
※天正11年(1538年)にお抱え鍔師として金沢に入り、料理人に転じた3代目が創業して350年と言われています。

由来: 加賀藩主・前田利家に仕えた「鍔(つば)師」の家系が始まりです。三代目の甚兵衛が、鍔師の傍らで営んだ小亭・塩梅屋「つば屋」がその原点とされています。
格式: 藩主や藩の重臣が訪れた歴史を持ち、明治時代以降も文人墨客をはじめとする多くの賓客に愛されてきました。

2. 料理の特徴
伝統の加賀料理: 旬の地元の食材(海の幸・山の幸)を使い、伝統的な技法で調理された会席料理が中心です。
代表的なメニュー:
治部煮(じぶに): 鴨肉や麩、加賀野菜などを用い、小麦粉でとろみをつけた金沢の郷土料理です。
蓮蒸し: 独特の食感が楽しめる加賀野菜の蓮根を使った料理。
八寸: 季節感と見た目の美しさにこだわった一品。
器へのこだわり: 九谷焼や輪島塗など、石川の伝統工芸を用いた器で提供されます。

3. 歴史を感じさせる空間
由緒ある部屋: 歴史に名を残す人々が愛した部屋が数多くあります。
月の間: 伊藤博文が眺望に感動し、「風光第一楼」という書を遺した部屋。
小春庵: 松尾芭蕉が句会を催したとされる部屋。
松の間: 画家・山下清がちぎり絵を描いた部屋。
その他、梅の間や吟風の間など、部屋ごとに異なる趣向が凝らされています。


追記
料亭で加賀料理となると敷居が高いですね。
つば甚さんでは、予約制にはなりますが、朝粥の朝食をいただくことができます。近江市場で海鮮丼や鮨の朝メシも楽しいですが、こちらもおすすめです。

詳細は、つば甚さんのウェブサイトからどうぞ。

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