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見ていない世界で、考えてはいけない

自分も相手もまず「見る」。そしてから「考える」そして「動く」。これを意識してみると、意外なほどに人は「見る」ということをしていない、もしくはなんとなく見ている"つもり"で済ませていることが多いと気づく。そして、自分は相手を含めた社会のなかで生きているという当たり前の事実を、あらためて目の当たりにもする。つまり、普段は本当の意味で「見ていない」からその後の「考える」「動く」もおざなりになり結果、効果的なアウトプットやリレーションシップに繋がっていないことが多いのだと思う。逆に言えば、「見る」段階をしっかり踏めば、その後のフローの質が上がり成果の最大化に繋がる確率が上がると言えるだろう。

ではその「見る」具体的な方法論としては、相手を見るときは不快にさせないことさえ守ればとにかく見る、自分を見るときはできれば鏡に映すことがベストだと思う。いずれの場合も意識的・無意識的に関わらず客観的に俯瞰することができるのが大きい価値だ。「観察する」にも近い。
それは決して見世物を見ているわけでもナルシシズムに陶酔するでもなく、自分は・相手はどういう状況・状態なのか気にしてみるという優しさや礼儀、リスペクトに近い。

結論、言いたいことは"優しさを忘れないようにしよう"ということだ。
人間だから優しくなれなかったり動物的な側面が現れるときも往々としてあるだろう。だからこそ人間の持つもうひとつの尊厳の側面を忘れずに生きたいと思うのです。そう、一人ひとりが優しく在ることで、優しさのインフラが築かれ、優しさが満ちる世界が訪れるときを願って。

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