11歳、初めての大冒険
「昔から一人が好きだった」
自分のことを振り返るとき、これまではそんなふうに考えることがあった。
今も、一人で過ごす時間は嫌いではない。だから、子どもの頃から一人で行動したがっていたことも、「もともと一人が好きだったから」と考えれば自然なように思っていた。
でも、自分史を見返していると、11歳の自分について、少し気になる言葉が残っていた。
「両親から解放されたい」
「自分だけの時間を過ごしたい」
「一人で旅を成し遂げたい」
一人になりたい、ではない。
「両親から解放されたい」と書いている。
では、あの頃の私は、本当に一人でいることを求めていたのだろうか?
それとも、親の目から離れて、自分の時間を過ごしたかったのだろうか?
11歳、一人で鹿児島へ向かった
11歳のとき、私は一人で鹿児島に住む祖父母のところへ行った。
出発したのは、富士駅だった。駅までは両親が車で送ってくれた。
そこから寝台特急「はやぶさ」に一人で乗り、当時の西鹿児島駅まで向かった。

旅に出る前、自分史には、
「一人で祖父母のところに行きたいと言ったら反対されるかな?」
「何と言ったら行かせてもらえるだろう?」
という言葉も残っている。
実際に両親とどんな会話をしたのか、どう説得したのかは、今はもうはっきり覚えていない。
でも、両親が富士駅まで送ってくれて、そこから一人で寝台特急に乗ったことは覚えている。
そして今回、この旅を振り返って出てきたのが、
「初めて両親から解放された感じがした」
という感覚だった。
「胸が軽くなった感じ」がした
その「解放された感じ」は、どんな感覚だったのか?
改めて考えてみると、
「胸が軽くなった感じ」
という言葉が近かった。
その瞬間、頭の中で何を考えていたのかまでは覚えていない。もうずいぶん昔のことだから、当時の言葉を正確に再現することはできない。
ただ、今の言葉で振り返るなら、ワクワクしていた。
「これから冒険が始まるな、みたいな感じ」
でもあった。

寝台特急に乗って、一人で遠くの鹿児島まで行く。
一人で旅を成し遂げたいという気持ちもあったし、知らない場所へ向かうこと自体も楽しみだった。
今回振り返って出てきた言葉は、
「とにかく楽しみしかなかった」
だった。
「解放された」という言葉だけを見ると、何か苦しい場所から逃げたようにも聞こえる。
でも、私の記憶に残っているのは、そういう暗い感覚ではない。
胸が軽くなって、ワクワクして、「これから冒険が始まる」と感じていた。
親から離れる解放感と、これから遠くへ行く楽しさ。
たぶん、その両方があった。
大きかったのは「一人」より「親の目から離れること」だったのか?
今回この経験を振り返りながら、
旅が楽しかったのは、一人だからだったのか。
それとも、親がそばにいない時間が楽しかったのか。
そんなことを考えた。
そこで出てきたのが、
「親の目を気にしなくて済む」
という感覚だった。
別に、親に隠れて悪いことをしたかったわけではない。コソコソ何かをやりたかったわけでもない。
それでも、
「親の目から離れられた」
ということは、自分の中ですごく大きかったように思う。
そう考えると、「私は昔から一人が好きだった」という説明だけでは、少し足りない気がしてくる。
一人だから楽しかった。
それもあったのだと思う。
でも同時に、親の目を気にしなくていいこと、自分だけの時間を過ごせること、一人で何かを成し遂げること、遠くへ行くこと。
それらが全部混ざっていたのではないか。
今の私は、それを「自分で決められる時間」と言いたくなる。
ただ、11歳の私はそんな言葉では考えていなかった。
残っている言葉は、もっと直接的だ。
「両親から解放されたい」
「自分だけの時間を過ごしたい」
だから今になって、「あれは自由が欲しかったんだ」ときれいに説明してしまうのも、少し違う気がする。
「一人が好き」だけでは説明できない
11歳の私は、一人でいることが好きだったのかもしれない。
親の目から離れてみたかったのかもしれない。
自分だけの時間を過ごしてみたかったのかもしれない。
そして単純に、寝台特急に乗って遠くまで冒険してみたかったのかもしれない。
今回振り返ってみて、少なくとも一つだけ分かったことがある。
「昔から一人が好きだった」という一言だけでは、この経験を説明しきれない。
あのとき感じていた「胸が軽くなった」感覚。
「親の目から離れられた」ことの大きさ。
そして、「これから冒険が始まるなーみたいな感じ」というワクワク。
それらは、どれか一つが本当で、ほかが間違いということではないのだと思う。
11歳の私は、人から離れたかったのだろうか。
それとも、自分の時間を自分で決めてみたかったのだろうか。
たぶん、そこには冒険したい気持ちも混ざっていた。
今のところ、その三つをきれいに分けることはできない。
ただ、「一人が好き」という自己理解の中には、思っていたよりいろいろな気持ちが重なっていたのかもしれない。
