双極性アラフォー無職、這いずってライブに行ったら、少し考えが変わった回
一人で病院に行けるようになって暫くして、医師にこう言われた。
「一人で来られるようになったのは、大きな成功体験です。様々な成功体験を積んでください。趣味、好きなこと、なんでもいいです」
そう言われて、どこか許された気がした。
そして先日、無職になる前にチケットを購入していた、大好きだったアーティストのライブへ行ってきた。
だった、というのは、この半年コンテンツを追う気力もなく、もしかしたら好きではなくなっているのかもしれないと思っていたからだ。
会場は自宅からは片道約2時間もかかる距離だった。
それでも、ここでチャレンジしなかったら、二度と私はどこへも行けない気がして、家族にも促され、決心した。
元気だった頃の自分なら何も苦ではないことだった。平気で電車に乗れていたし、平気で乗り換えもこなしていた。
しかし、体調が悪化してから、遠出が怖くなり、ここ半年は既に手に入れていたイベントチケットも全て手放していた。
不安が大きいことと同時に、楽しめる気がまるでしなかったから。
代わりに譲渡先探しに奔走してくれた友人には申し訳なく、そして心から有り難く思っている。
ライブ当日まで不安は尽きなかった。
一緒に見る友人はいるが、会場の真反対に住んでいるので、一人で行かなければならなかった。
ちゃんと会場まで行けるだろうか。
人混みで体調を崩さないだろうか。
途中下車してしまうのではないか。
頭の中では何度も最悪の展開を想像していたし、行こうと決めたその日から、当日までずぅっと緊張していた。
前日なんて吐きそうなくらいだった。
それでも当日、電車に乗り、何度も何度も乗り換えを確認し、時には優しい方々に席を譲っていただきながら会場に着き、ライブを最後まで楽しみ、そして無事に家まで帰ることができた。
そう、楽しかったのである。
私は好きなものを、また楽しむことができた。
ずっと会いに行けていなかったアーティストの登場を見ただけで、私の涙腺は決壊した。
「来れた。楽しい。嬉しい」
以前は当たり前だったことが、かけがえなのないものと気付き、公演中はほとんど泣いていた。でも笑いもした。いつから笑っていないのかわからないくらいだったのに、私は笑い方を忘れてはいなかった。
友人は泣き続ける私をそっとしておいてくれて、終演後に楽しかったねといつものように言ってくれて、私はそこでも大泣きした。
小さいどころか、大きな成功体験だった。
私はまだやれるのかもしれない。
そう思えたことが、とてつもなく嬉しかった。
一方で、ライブを心から楽しみながらも、どこか罪悪感もあった。
無職なのに遊んでいていいのだろうか。
こんなことが私に許されるのだろうか。
早く働かなければならないのではないか。
貯蓄もほとんどないくせに、こんなに交通費を使ってしまった。
そんな考えが何度も頭をよぎった。
無職になってから、なにかを楽しむことに強い抵抗感があった。
楽しみを禁じることで、自分を罰していた節すらある。
この年で無職で、親の援助を受けて、福祉の力を借りているくせに、社会の歯車になっていない自分に、何かを楽しむ価値などないと考えていた。
それは今でも続いている。
そんな考えを抱えたままでも、一歩踏み出すことはできた。
嬉しくて次の通院時、医師に泣きながら報告した。
「とても素晴らしいことです。次もまた行けますよ」
その日から電車に乗ることが怖くなくなった。
だって私は電車に乗れて、目的地まで辿り着くことが出来たのだから。
なにより、これにより躁転しなかったことにホッとした。
もちろん、ライブに行けたからといって、一気に病気が治ったわけではない。
行き帰りは本当に命からがらという気分だったし、
翌日は反動で一日中、吐き気と眩暈に苦しみ、将来への不安も、働くことへの怖さも変わらず襲ってきた。
今もなお、うっすらと希死念慮は纏わりついている。
それでも、半年前の自分には想像もできなかったことを、一つ成し遂げることができた。
あの頃は、何もかもがもうダメだと思っていた。未来には悲観しかなく、希死念慮に支配されていた。
回復は0か100ではないという。
昨日までできなかったことが、今日は一つできるようになる。
その積み重ねが回復なのだと医師にも言われた。
頭では理解しているが、将来への不安が消えたわけではない。決まっていない未来を悲観してしまう癖も、まだ変わっていない。
それでも、一度でも「できた」という成功体験は、自分の見える景色を少し変えてくれた。
これまで頭の中を占めていた「もうダメかもしれない」という考えに、「もしかしたら、ダメじゃないかもしれない」という選択肢が加わった。
私にとって今回の体験は、その大きな変化を実感できた出来事だった。
