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冬の旅

冬の旅(1985年|アニエス・ヴァルダ)


これは切ない。なんとも寂しい。
冬の寒さや他人の非情の中で死んでいく少女といえばなんとも悲劇ですが、
正直救われる機会は何度もあったのに自らその手を払いのける、その根底にある「自由」とはなんなのかと。

ともかく救いがあるわけではないです。
でも主演のサンドリーヌ・ボネール(モナ)と南フランスの貧しい情景が冬という季節に包まれてどこを見ても美しいし、(おそらく85年なのでレール移動撮影機だと思うけど)すうっと流れてピタッと止まるカメラワークの見事さは息をのむものがあります。

また「集団・社会」として描かれる大人たち(ほんと決して悪い人たちばかりではない)と、「孤独・自由」という主人公の対比がどちらに転んでも「虚無」であることに「答えのない生きにくさ」を感じさせる、物語としても映画としても非常に完成度の高いものであると思います。

ところで冒頭の死体はほほえんでるように見えました。

顛末からいけば、ほほえんでいるはずないんですが。
けれども冒頭の姿・顔の美しさ、微笑は間違いなくアニエス・ヴァルダによって意図されたものだと思います。
「アニエスV.によるジェーンB.」(1988年)の中でアニエス・ヴァルダが語っています。


セーヌ川から上がった女性の水死体を思い出す
あまりの美しさにデスマスクが作られた
その複製「セーヌの美女」は飛ぶように売れた
私も買って 謎のほほえみを見つめた
モナリザのような謎のほほえみ
自殺して満足したの?
デスマスクをつくった人がこんな風に手を添えてほほえみをつくった?
彼女のすべてが謎
だから誰もがあれこれ想像する
無名だけど衝撃的に特別な誰かよ
本当の肖像とはデスマスクのことかも
正面を向き動かない顔
最後に残る印象は動かない正面の顔

「アニエスV.によるジェーンB.」(1988年)より

アニエス・ヴァルダは「セーヌの美女」を作りたかったのだと。
「自死」と「ほほえみ」、その相容れないはずのものが共存する「謎」に近づきたかったのではないかと。

「自殺して満足したの?」
「デスマスクをつくった人がこんな風に手を添えてほほえみをつくった?」

という二つの問いは「自死に対する批判的な思い」や「装飾的な社会全体に対する皮肉」にも聞こえます。
でもそういう社会評価や倫理観をやすやすと乗り越えて存在する「美しさの謎」に近づきたかったのではないかと。

そういうアニエス・ヴァルダの答え探しの映画でもあるのでしょうね。


最後に

この映画のテーマである自由・孤独・寂しさって、読んだことあるなあってずっと思っていて、あ!「マルテの手記だ!」って思い出したので少し引用(ちなみに「セーヌの美女」の話も「マルテの手記」にはちょっとだけ出てきます)


「僕の最後の希望はもうこうなってくると、窓が一つ残っているばかりだった。あの窓の外にはきっと僕の味方になってくれるものがあるだろう、不意に襲いかかった死の窮乏の中から僕を救ってくれるものがあるだろう、と僕はそれだけを念じた。しかし、やがて僕の目が窓にむいた瞬間、僕はなぜか窓が塞がれていて壁のように塗りつぶされていることを願ったのだ。僕は窓の向こうに行っても、やはり同じように救いがないこと、窓の外にもやはりただ僕の無限な孤独が続いているだけなことが、はっきりとわかるのだった」

リルケ「マルテの手記」大山定一訳



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