加藤ローサさんの離婚から考える、他人と割り切ることの必要性と諦め

加藤ローサさんが、離婚を発表。
某テレビ番組の中で、元旦那さんのコメントとそれに対する加藤さんの反応が注目されているのは知ってる?

「自分は何も変わらない」と言う元旦那さんのコメントに笑う姿。

これ、今の状態の私も同感だし笑う。
やっぱわかってねーな。って気持ちで笑う。

でも…
離婚したてだったら笑えなかったと思う

ってことはだよ。

離婚はしたばかりだけど、
もうだいぶ前から心は離れてたし、
諦めてたんじゃないのかな。

心の声を押し殺して、
期待しないように、振り回されないように、
平常心を保つ、っていうことをすごく意識してやっていたんじゃないかな。

あくまでも想像だけどね。


ここからは私の話。

離婚して4年たった今(プロフィール参照)

今年の夏休みは一緒に過ごす時間が多かった。

あちらの心の状態も落ち着いているし、
それこそ私も他人と割り切っているので
さほど気も遣わず言いたいことも言えるようになった。

そんな中でもやっぱり、
あの辛かったころの、育児の記憶に入ってこられることへの
猛烈な拒絶感があった。

やめて

って思った。

その時のこと、知った顔で話すのやめて。って。
それくらい当時は「分かってもらえない」という気持ちが強かったし
孤独だった。表面上の寄り添いではなく、
心の底で寄り添ってもらえないことが本当につらかった。

そして、そこに関しては
めちゃくちゃ根にもってるにも関わらず
「その頃は面倒見てないしね」とかは言えない私がいて。

そんな自分にも腹が立った。

今思えば、コミュニケーションが足りなかったことも要因のひとつ。

コミュニケーションをあきらめてしまうような出来事が続いたことも事実。

そう、コミュニケーションのエラーが半端なかったんだよね。

「全部言わなくてもわかるでしょ?」「どうしてわかってくれないの?」

この想いがあると
大抵のコミュニケーションはずれていくと私は思う。

…だから離婚後に、仲良くなる。他人だ。と割り切ればいい。

「全部言わないと分からない」→必要なことだけ端的に伝える
「どうしてわかってくれないの?」→自分が自分の最大の味方。

という思考になるので、
変な期待も妬みもなく、仲良くな(ったようにみえ)るのだ。

どちらが悪いわけでもない。
変わらないことが悪いわけでもないし
変わることが正義でもない。

ただ、他人同士が同じ想いをもって
状況が変わっても(年をとる、こどもが生まれるなど)、
立場が変わっても(妻→母→祖母)
夫婦で同じ方向を向き続けるって大変なこと。

同じ方向でなくてもいい。
お互いが、お互いに
「ありのままでいいんだよ」と思えることが本当の愛かもしれない。

現在パートナーがいる人は、
「意見交換をしながら、一緒に歩んでいる自分に拍手を」

パートナーがいない人は、
「今は、自分が最高のパートナーである自分、最高。」の拍手を。

当たり前じゃない。その状態に
ぜひ感謝して、大切にしてね。



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