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025.無理に笑う彼女|冷遇と同調(ワークショップ篇②)

この稿は、前の稿の続きである。

退職後、私はひとまずはフリーランスとして知人のキャスティング事務所を手伝うという体裁で活動をすることにした。
事実、当時仲良くしていたキャスティング事務所の人間が舞台の企画を具体化させようとしており、その手伝いを頼まれていたのだ。

前の事務所は退職時点でマネージャーが私しかいなかったので、所属者の大半が同じタイミングで事務所を辞めていた。
私は彼らひとりひとりと面接しながら今後の意志を確認し、役者活動を継続する意志のある者は、私がフリーのマネージャーとして個人的に預かるという形を取った。
すぐに新しい事務所を作り独立するという形にはしなかったのは、引き抜き活動と誤解されて前職から嫌がらせを受けるリスクを避けるためだった。

フリーとしてキャスティングや舞台製作に関わりながら、役者たちをマネジメントしていく。
それが退職後の私の差し当たっての活動方針だった。

​さて、件の自称映画監督の話である。

既に役者たちの心をがっちりと掴んでしまっていた彼は、彼ら彼女らが前の事務所を離れた後も独自に演技のワークショップを継続していた。
私は彼の存在に一抹の危惧を覚えながらも、役者たちが望んでその監督のもとで演技を学びたがっているのである。
それを止める理由もなく、静観せざるを得なかった。

奇妙なことに、その監督から冷遇されているとしか思えない例の役者も、そのワークショップに自ら参加を継続していた。
これはいったいなぜなのだろうか。

この冷遇されていた役者について、簡単に触れる。
彼女は役者たちの中でも一際若かったが、既にある映画監督の短編で、小規模上映ながら主演を経験していた。
問題の自称監督とは違い、業界内では評価の高い映画監督の作品だった。
その縁である雑誌の取材を受けたり、別の作品でもお声がけをいただくなど、ワークショップに参加している他の役者たちよりも一歩先を進んだキャリアを構築していた。
自称監督は恐らくそれが気に入らなかったのだろう。

だがそのワークショップは、既にひとつのコミュニティを形成していた。
彼らの主戦場は、仕事の現場ではなくSNSであった。

毎週ワークショップの後に集合写真を撮る。
もちろん中心にいるのは、いつもその監督である。
その脇にいるのが監督から人格面を「申し分なし」と評されているような、いわゆるお気に入りの役者たち。
その周囲を参加者の役者たちが笑顔で取り囲む。
冷遇されている彼女は、いつも端の方で僅かに口角をあげていた。

今にして思えば、そのワークショップは小規模ながらも、既に強固なムラ社会となってしまっていたのだろう。
既に一定の現場を踏んでいた彼女は、その自称監督の経験値や力量の乏しさにも、うっすらと気が付いていただろうと思う。

だが彼女は、その場から去ることはしなかった。
仲間たちは嬉々としてその監督を取り囲み、楽しそうに演技を学んでいるのだ。
その雰囲気に知らず知らずの間に、同調していた。

恐らく彼女は、心のどこかで仄かな違和感を覚えていたのではないかと思う。
そしてそれが湧き起こるたび、彼女はそれを押し潰したのではないだろうか。

毎週ワークショップの後に、監督を中心とした集合写真がアップされる。
そこには参加役者たちのコメントが毎回必ずぎっしりと並ぶ。
まるでそれを、絶対にしなければならないことであるかのように。

ある時、冷遇されている彼女がこんなコメントをしていた。
『わたし、誤解してました。わかってきた気がします』
監督はこう返信をする。
『まぁ、少しはよくなってきたかな!』
それに対し、彼女はこう返信していた。
『ありがとうございます』
そしてコメントの最後に彼女は、こう付け加えていた。
『自分が恥ずかしいです』

誰かの誕生日となると必ず飲み会を開き、過剰にSNSで盛り上げる。
こちらが仕事のスケジュールを組むうえで、彼らの飲み会に配慮しなければならない時もあるほどだった。
傍から見ても、異様な集団ではあっただろう。

私はこの頃には既に、このワークショップの存在が明確に弊害となっていると感じていた。
この頃の私は、もういち社員という立場ではなく事務所の代表であった。
自社で主催しているワークショップではないから開催を取りやめさせることはできないが、少なくとも自社の所属役者の参加を差し止めることはできるだろう。

だがそれには、こちらも相応の血を流さなければならなくなることは明白だった。
既にその監督に心酔してしまっている役者は、自社の所属者の中にも何人もいた。
それに加え、独立の際にそのワークショップ参加者の中から私の事務所に入所し、一定の活躍をしてくれている者も出てきてしまっていた。
退所者はきっと、続出することだろう。

私は、もう少しだけ様子を見ることにした。
そして事件は起こった。

また三部構成となりそうだ。
次の稿に続く。

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