【ちょっと辛口】関係ない誰かのせいで「好きなこと」をやめる‟しょーもなさ”について
私の祖父母は生粋の関西人で、幼い私が調子に乗って失敗したり、ぼーっとしてスッ転んだり、友達と喧嘩して帰るたびに、「ほんま、しょーもないなぁ」と笑って諫めてくれました。
「アホくさ」「取るに足らん」「ええかげんにせぇ」「大丈夫?」……その時々でニュアンスは異なるものの「しょーもない」の一言で片づけられ、内心ムッとしたこともありますが、ほのかに漂う「笑いごとに昇華せよ」というニュアンスに救われた記憶があります。
「悲劇の主人公モード」から解放してくれる「しょーもない」の一言
いま大人になり、自分が深く悩みそうになったり、思い通りにいかない時にふと「ほんま、しょーもないなぁ」の一言が脳裏に浮かんで、冷静になれることがあります。そう、大半の悩みやモヤモヤって、突き詰めると「しょーもない」ことだったりするんですよね。
そして「しょーもない」と思えた瞬間から、自然と頭が「解決」や「忘却」へ向かっていくというメリットもあります。つまり、悲劇の主人公モードから自分を解放してくれる一言なのです。
そんな中で、最近私が一番「しょーもないなぁ」と思っていることがあります。それは
「第三者の意見や態度のせいで、趣味や推し活を辞めること、または嫌いになること」
です。
自分の「好き」や「趣味」を邪魔する人と環境からは「逃げ」一択
以前、友人が趣味でダンスを習い始めた時のエピソードです。(※本人に許可をもらい、一部を変更して書きます)幼少期からスポーツをやっていたこともあり、メキメキと実力を伸ばした彼女。ついには発表会的なイベントで、目立つポジションをもらえるようになったのでした。
どんどん踊ることが楽しくなってきた矢先、‟あるある”すぎる展開なのですが、古株のボス的な人に目を付けられ、嫌な思いをすることが増えてしまったのです。そして、私にこう打ち明けたのでした。
「もう人間関係が面倒だから、ダンス辞めようかなと思ってる」
私の口からは最大級の「ちょっと待ったァ!!」が出ました。せっかく見つけた才能、ライフワークをそんな‟しょーもない”奴のために終わらせるのは非常に残念だと思ったからです。
「そいつのせいでダンス辞めるの……しょーもなくない?惜しすぎる」
少々キツイ言葉だったかもしれません。しかし、彼女の「ダンスを続けたい」という本音に気づいていたので、あえてそう言いました。
そもそも辞めるべきは彼女の方ではないはずです。でも、意地悪ボスが自分から去ることは、残念ながらほぼ無いんですよね。だから視点を変えて、どこか楽しくダンスができる「別の場所」を探すのはどうか、という話になりました。
その後、彼女は別のダンスサークルを見つけて、今も踊り続けています。
もし友人自身が「ダンスに飽きた」「楽しくなくなった」のなら、辞めたっていい。でも、それとは無関係の第三者の意地悪によって「本当は踊りたい」「ダンスが好き」という気持ちが傷つけられ、曲げられるのを見過ごすことはできませんでした。友人とダンスは両想いなのだから。
いま「推し活」の現場でも、同じようなことが起こっている
実は、アーティストの応援活動(以下、分かりやすく「推し活」と書きます)に関しても、似たようなことが時々起こっています。実際にそういった相談を受けたこともあります。
友人のダンス教室のように、直接的な「イジメ」「意地悪」はそこまで多くない印象ですが、推し活仲間からのマウントや不毛な比較、価値観の違いや押しつけ、または時間や金銭的に合わせるのが厳しくなった……など。ちょっとしたすれ違いから生まれる「人間関係のストレス」は至るところで発生している模様です。
直接会っているリアルな仲間だけではなく、SNS上の「炎上」や「過激な意見」を見て、ファンダム自体に嫌気がさしてしまった、という声も見聞きしました。
あからさまな「イジメ」と違い、どっちが悪いというわけでもない、というケースも多いからこそ難しい。例えばですが……
■買うCDの枚数
■行く公演回数
■チケット代行を使うか否か
■グッズを買うか買わないか
■ファン仲間にお土産(ソンムル)を配るかどうか
■泊まるホテルや移動手段のグレード
■ライブでのルール、お作法への考え(公式NG以外の部分で)
■同担拒否か、ウェルカムか
■ファンサービスへの考え
■アーティストの発言や行動に対する賛否
■アーティストに関する報道への賛否
例を挙げるとキリがありませんが、これらって本当に人それぞれで「正解」が無い世界。ピッタリすべての価値観がマッチする人に出会うことは、ごく稀だと思います。もし、そんな方が身近にいたら大切にしてくださいね。
好きなアーティスト、応援している人が不祥事を起こして幻滅したり、音楽やパフォーマンスに、自然と心惹かれなくなったりすることもあるでしょう。それは仕方のないことだと思います。私にもありました。
さらに受験や仕事、育児や介護、自分の体調不良等で追えなくなるタイミングだってあります。そういう時期は、誰にだって訪れるもの。
しかし、アーティスト自身の問題でも、自分側の都合でもなく、言ってしまえば関係のない第三者の存在や発言によって「好きな気持ち」「応援する行動」に水を差されるのって、なんだか解せない話だなと私は思うのです。
アーティストと自分が広義の意味で「両想い」なのに、それを易々と邪魔させてよいのだろうか。さらに本音で言うと
「それで辞めちゃうの、しょーもなくない?」
断つべきはアーティストや自らの趣味のほうではありません。もちろん、人間関係を断ったり、これまで属していた仲間と距離を置くことが、簡単ではないことも理解しています。しがらみもあるでしょう。
ただ、モヤモヤが続いたり、なんだか以前より楽しめなくなったと気づいた時。しれっと断ってみるとか、じわじわフェードアウトしちゃうとか、SNSをお休みしてみるとか、または別アカウントを作るとか、「居心地の良い環境」にスライドするのもアリなのではないでしょうか。
そして「ひとり推し活」「ひとりライブ」も意外と楽しいですよ。海外公演や音楽フェスを含め、年間50公演ほど、ボッチで観ている私が言うので、信じてください。
近々「ひとり推し活」の楽しさについてもnoteで書きたいと思います。では!
