夏の風物詩『隣のジジイがうるさい』
「かな子は経験ないでしょ?隣人トラブルなんて」
そのときは、何気なく言われた言葉に「そうだな…戸建てだしな」と頷いた。
夏が来た。「暑いな〜」と、2階へ上がる階段の途中にある窓を開ける。
取っ手をグッと垂直にして、えいっと押し出して、シュッと網戸にするやつ。
ミスると虫を家に招いてしまうので、開けるときも閉めるときも、ちょっとだけハラハラする。
開けた瞬間「あっ」と思うより先に、虫ではなく、馬鹿でかいテレビの音が飛び込んできた。
そう。我が家の隣に住むジジイは、耳が遠い。
私は2000年代前半の邦画が好きでよく観ているのだが、人のしゃべり声がよく聞き取れずに、音をめちゃくちゃ大きくすることがある。鑑賞後そのまま寝て、朝起きてテレビをつけると「音デッカ!!」とびっくりする現象が起きるけど、そんなもんじゃない。
言うて、こちとら階段で生活しているわけじゃない。主に1階のリビングか2階の部屋で生活している。
でも聞こえる。どこにいても聞こえるのだ。
定番は、昭和の歌謡曲。あとは時代劇。共通しているのは私が生まれる前の「その時代の音」が聞こえるということ。こないだだけは、珍しく笑点だった。
そして、唐突に奇声を発する。
「アーアーアーー!」
「クソゥ!!」
「うわあああゝ」
筒抜けすぎる。
隣のおじいさんは、詳しくはわからないけど電気とか機械とか、とにかく工業系の仕事をしていて、小さい頃はプラモデルをもらったこともあった。
口数が多くない無口なタイプの人だったので、ほとんど話なんてしたことなかったけど、生活音を聞いていると、おじいさんのことが少しだけわかる気がしなくもない。
夜中の2時頃に目が覚めてトイレに向かいつつ、
「夜中にうるせえな!ジジイこら!」
と心の中で毒づきながら、実際はそれすらも少々楽しんでいる節がある。
聞き耳を立てるつもりもない。それなのに聞こえるはずの生活音が聞こえないと、逆に「あれ?」と良からぬ想像をしてしまう。
ここ2〜3日、騒音や奇声が途絶えたので心配になり、母と2人で階段の窓から見つめてしまった。
「ピンポンする?」と話していたら、またいつもの音が聞こえてきて「あ、生きてるな」と安心した。
普段は隣人の気配を感じないので、我が家にとっては夏の風物詩みたいなものだ。
ついでに窓を開けて寝るとき、遠くから聞こえる暴走族の車やバイクのエンジン音も嫌いじゃない。
元彼が大きな国道沿いに住んでいて、「夏うるさいよ」と嫌そうに言うので「大変だね〜」と返したことがある。
でも私は彼と出会うずっと前から「ブンブンブウォーーン!」という音に、どこかホッとしながら眠りについた夜があった。
同じ家で暮らしたり、毎日連絡を取るのとはまた違う。近すぎない、少し遠くに感じる「誰かの存在」が、私はきっと好きなんだと思う。
