#1「何者にもなれなかった48歳の男が、夜の東京を歩く。」
連載:「今夜も歩く」第1回
夜の東京を歩く。
昼間の東京は、うまくやっている人間の街だ。
仕事、待ち合わせ、スマホ片手に打ち合わせをしながら走り去っていく人。
そんな世界の中にいると、自分だけが少しずれているような気分になる。
だから私は夜に歩く。
コンビニの前にのぼる煙草の煙、目的もなく歩く人、酒を片手にスマホを見つめるだけの人。
どこへ行くわけでもない足取りの人を見ると、妙に安心する。
うまく言えないが、街の気圧が少し下がるのだ。
私はここしばらく、あまりうまくやれていない。
長く付き合っていた彼女とは別れ、仕事も失敗した。
その結果、それなりの金を借りることになった。
おかげで背負うものはすっかりなくなり、笑ってしまうほど身軽な48歳が出来上がったというわけだ。
人生というのは、崩れるときは意外とあっさりしている。大事件が起きたわけではない。
自分への小さな言い訳や、見栄からくるちょっとした嘘。そうした小さな判断や、ちょっとした見落としがいくつか重なっただけ。
気がつくと、元に戻すのが少し面倒な場所まで来ていた。
考えてみれば、私は昔から
何かになりたかった人間だった。
作家でもいいし、面白い人間でもいい。
とにかく、何者かになりたかった。
だが気がつくと、何者にもならないまま、そこそこの年齢のおっさんになっていた。
そんな私の事情など関係なく、夜のコンビニの灯りも、終電に急ぐ人の足音も続いている。
それでも私は、ときどき立ち止まって街を眺める。
坂の上にいる人、坂の下の人。
この街には、いろいろな人生が混ざっている。
たぶん私は今、そのどちらでもない場所にいる。
もう一度坂を登れるのか、それとももう少し転ぶのか、自分でもよく分からない。
ただ、夜の街を歩いていると、気持ちが楽になるのだ。
だから、しばらくのあいだ
街を歩きながら、考えたことを書いてみようと思う。
うまくいくかどうかは分からない。
もっとも、ここまで来ると、あまり格好をつける必要もない。
だから、今夜も歩く。
